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神聖にして不可侵なる内閣総理大臣・菅直人

……被災者を見殺しにする一方で、菅直人は「優秀な人材」を選んで大臣の椅子を与え、内閣を支えるブレーンを作った。
だが全員がフダ付きの無能者で問題発言ばかり繰り出していたのは、菅直人の知的衰弱を示すものではなかっただろうか?
蓮舫もその知名度とコネによって節電計画等担当相の地位を授けられたが、災害対策予備費やスーパー堤防を仕分けた過去が嘲笑のネタにされ、石原慎太郎に遊ばれ非業の恥辱をとげた。
菅直人はそれを哀悼し、10万人に上る被災者の存在を黙殺することで功臣の心を慰めた。

西暦201×年、菅直人は○○歳の政治的生命を閉じた。巨大な権力はなお頑強を誇っていたが、カイワレとキュウリの食べ過ぎが彼の心臓に大きな負担をかけたといわれる。
総理大臣は完全なる満足の中で退陣したわけではない。
民主党内における彼の派閥は全て解体し尽され、後継者たる政治家を確保することができなかった。
晩年にいたって仙谷由人を官房副長官に任命したが、これは先天的に健忘症であったと伝えられる。
この件に関して民主党の公式記録は沈黙を守っているが、尖閣諸島問題における仙谷由人自身から出た発言、尖閣ビデオが流出した際の逆上しまくった発言、さらには「自衛隊は暴力装置」と発言して問責決議まで食らった事実から推定して、巷間に流布されたこの噂が真実であることは、ほぼ確実である。
そしてそれは、「子ども手当」を乱発し、天災を抑えるために政権交代を望んだ菅直人と民主党にとって強烈な打撃であったろう。
自分が責任を被りたくないという菅直人の信念を崩壊から守るために、国民は選挙をしなければならなかった。
菅直人に、健忘症を内閣の要職に据えるような遺伝的素質があったはずはなく、全責任は国民にあるというわけだった。


菅直人の退陣後、第95代内閣総理大臣の椅子に腰をかけたのは……。


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