山本弘トンデモ資料展
2003年度版9−F


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脳内補完にご注意3

  脳内補完にご注意 32003/09/09 20:04:23 
  スレッドタイトルは「続・アルマゲ論」 White NOVA 2003/09/10 00:54:24 
  基本的に「物語」論じゃないのか? ぺいりあん(palien) 2003/09/10 14:14:32 
  アルマゲドンに端を発したスレッドが幾つも... 三太郎太夫 2003/09/10 23:55:43 
  それともう一つ。 三太郎太夫 2003/09/11 00:10:20 
  このスレッドは、タイトルどおりってことで... White NOVA 2003/09/11 02:07:39 
  物語「論」なんだから ぺいりあん(palien) 2003/09/11 03:18:36 
  平成仮面ライダーについて ぺいりあん(palien) 2003/09/11 03:22:31 
  「子供向け」とは? ぺいりあん(palien) 2003/09/11 03:28:37 
  「物語」は物語の世界観の中で整合性がある... 三太郎太夫 2003/09/11 05:08:38 
  不必要なエピソードの描写が視聴者を惑わし... 三太郎太夫 2003/09/11 05:37:50 
  お願いします、ぺいりあん(palien)さん。 三太郎太夫 2003/09/11 06:05:12 
  それは屁理屈です。 ぺいりあん(palien) 2003/09/11 11:09:55 
  教育論に踏み込んでしまいますが……。 TOSHI 2003/09/11 13:02:28 
  TOSHIさんへ くむ 2003/09/11 15:09:08 
  …ところで、 MD 2003/09/11 16:47:59 
  店舗の見かけも出される料理も「どう見ても... 三太郎太夫 2003/09/11 16:54:16 
  批評というものは番組が放映されて「その実... 三太郎太夫 2003/09/11 17:00:49 
  くむさんへ TOSHI 2003/09/11 19:06:56 
  はぁ。 MD 2003/09/11 19:32:51 
  アギトのテーマ 仕立屋雅楽 2003/09/11 22:38:35 
  一話完全燃焼を望む 赤石 2003/09/11 23:58:42 
  TOSHIさんへ くむ 2003/09/12 01:18:24 
  子供に関する資料提供 White NOVA 2003/09/12 01:55:21 
  おいおい。 ぺいりあん(palien) 2003/09/12 03:19:49 
  済みません読んで気になったので。 ちゅっぷす 2003/09/12 03:50:44 
  さて、困りました。 三太郎太夫 2003/09/12 05:46:25 
  平成ライダーについてのご批判も、やはり「... 三太郎太夫 2003/09/12 05:46:58 
  平成ライダーの悲劇 仕立屋雅楽 2003/09/12 06:41:14 
  こんにゃく問答か。 ぺいりあん(palien) 2003/09/12 08:02:31 

  脳内補完にご注意 32003/09/09 20:04:23  ツリーへ

脳内補完にご注意 3
2003/09/09 20:04:23
申し訳ありません、狙っている訳ではないのですが、またも自分がスレッドを立てる(立てないと前スレは一杯なので発言出来ない)事になってしまいました。

White NOVA様

>  でも、今度は「メディア論」の再燃ですか? 

メディア論というのは「メディアは真実を伝えているか?」スレッドで続けられた議論の事でしょうか?
実のところ、当該スレッドを読んでみまして、そんなにひどく荒れているとは思わなかったのですが。
それに今回自分が引用しましたのは、この中で山本先生が、今問題にしております内容と共通する御発言を成されていますので、それを参照して頂くため、という以上の意味を含みません。
「山本先生の例え話」を話題にしている時に、「555スレッド」から底抜け風呂桶の例えを持ち出したのを、555論争の再燃か、と危惧なさるような杞憂ではないでしょうか。少なくとも自分には再燃の意図はありません。

しかし、
> 1:「アルマゲ論」「メディア論」それから「シャトル論」については、管理人個人にとって、非常に不快なテーマ。

という事情が絡んでいるのでしたら、そして、他の方がこれを切っ掛けに「メディア論」を再度展開する恐れがありそれを避けたい、とお考えなのでしたら、そのお気持ちは理解出来ます。

> 2:今の状況で、過去の荒れた議論を持ち出して、山本氏批判を続けることは建設的でない。

過去の発言から引用する事自体は認めて頂けるのでしょうか?
荒れた議論から、する事に問題があると?
上記しましたように「メディア論」もひどく荒れているとは感じませんでしたので、判断が難しいです。ご指摘の「アルマゲ論」「シャトル論」からは引用しないようにしますが、それ以外は構わないのでしょうか?

そして何より、このお答えに寄りましては上記の問いかけは全て無意味になってしまいます・・・

> こういう理由で、本議論の中止を勧告します。

これは、「この議論そのものの、この場での中止勧告」でしょうか、それとも「メディア論等、御指摘議題に関する議論のみの再燃禁止勧告」でしょうか。
既に山本先生から継続の意志が示されておりますが・・・
反論はこちら以外、今のところ山本先生御自身の掲示板の他には考えられませんのでそちらで、すべきですか?

  スレッドタイトルは「続・アルマゲ論」 White NOVA 2003/09/10 00:54:24  ツリーへ

Re: 脳内補完にご注意 3
White NOVA 2003/09/10 00:54:24
スレッドタイトルは「続・アルマゲ論」

 がふさわしいと思います。もはやテーマが「脳内補完」とは、関係ないですし。

 管理人としては、一度は中止勧告を出しましたが、山本さん自ら継続の意志を見せましたので(^^;)、
 「アルマゲドン」に関するかぎり、議論の継続を了承したいです。
 私自身、山本さんのところの「ファイズ論」で、お邪魔をしてますので、管理人同士、双方黙認の方向で対処していければ、と考えています。

●犬さん

 「メディア論」に関しては、本来の山本板以外の某所で、「裏メディア論」というのがございまして、そこで私を含む山本板の一部常連と、荒らし認定された某人とが意見を交わし合った経緯がございます。
 じっさいには、泥沼状態に陥ったわけですがね。

 私自身、そこでの振る舞い方にも、反省すべき点があったかもしれませんが、
 某人は、2月に「シャトル論」、3月に「メディア論」、4月に「アルマゲ論」(3月と4月が入れ替わっているかもしれない^^;)と、毎月、異なる話題で次々と、山本板を荒らし続けたわけです。

 以上は、私の一方的な視点による主観ですが、少なくとも、私は以上の3テーマに関するかぎり、嫌悪が先立ち、「管理人としての公正さを保てる自信」がありません。

 ただ、「メディア論」に踏み込まなければ、今まで同様、「アルマゲ論」を継続することに異存はありません。それに、異なるテーマを一緒に論じると、混乱を広げるだけだと考えますので、「メディア論」は切り離して論ずる方がよいか、と思います。

 それと管理人としては、「山本氏の過去発言をなじること」よりも、改めて「建設的な作品批評を行う」を軸に、話を展開していってもらえたら、と考えます。
 まあ、これまでの流れもありますし、じっさいにどのような議論になって行くかは、当事者である犬さんや、山本さんのお二方を信頼して、お任せしたいと思います。
 管理人は極力、口をはさまない方向で。

  基本的に「物語」論じゃないのか? ぺいりあん(palien) 2003/09/10 14:14:32  ツリーへ

Re: 脳内補完にご注意 3
ぺいりあん(palien) 2003/09/10 14:14:32
基本的に「物語」論じゃないのか?

で「物語」の理想論と非理想論の戦いみたいなもんで。

そもそも「伏線」をハッキリ打たないとか、「伏線」が不明になる。
と言った「物語の理想論」からは好まれざる状況というのは、
儂は個人的には「日本独自の週刊漫画」や「日本独自のRPG」から発生しているように思う。

アンケートを気にしながら日々を人気の為に描き続ける「週刊漫画」では往々にして「伏線」を張ったはいいけども無駄になったり、キャラに人気が出なかったので不明になったりする事があります。

無限とも言える分岐を考えながら会話と戦闘で物語を進めていく日本式(ドラクエ式)のRPG用物語ではキャラクターの設定が曖昧になります。

そういった文化に染められて育つと「物語」は別に隅々までキッチリと作り込まないでも「脳内補完」を自然とするようになってしまい、それを普通だと思うようになる。だから「物語の(あるべき)理想論」と喧嘩になるのでは?

儂も他の掲示板で言い合いになったのですが、アギトや龍騎を擁護する人は「新しい事にチャレンジする事が大事だ」と言い「その為には物語が犠牲にされても良い」と言い放つに至って、儂個人は「語られてる物語の骨格が不明瞭なのに物語を楽しむ事は不可能だ」と思い、語るのを止めました。

あと基本的に何の為に供与されている物語なのか?
という根本的な部分を理解されてないと儂個人は不快に思いました。

仮面ライダー等は基本的に「子供向け」番組として「子供」の正しい成長の為に物語を提供すべきであり、玩具もイベントも放映時間帯も「子供向け」なのに、それを「大の大人」が個人的な趣味の為のマスターベーションを繰り広げている状態であるとしか、儂の眼には映りません。

それを面白いとか楽しいというのは自由だが、根本的な部分で間違っていると思えない大人の認識が恐いと思う。「子供が少なくなっているのだから、スポンサーが大人向けの面も入れて作っているのだ」と思うのは勝手だが、供与される物語が物語としての体を成していないのでは本末転倒であろう。

「アルマゲドン」の話でも論理的整合性と仮想物語としての親和性の問題で、科学的にどうこう言う以前の問題だとしか儂には思えない(物語の中で論理的整合性があれば、それはそれでSF考証が成立するという事である。それが現実の科学で有り得ない事でも)。

案外と登場人物の感情の流れに不整合がなければ、物語なんてすんなり見れてしまう面があるので、それで楽しいとか面白いというのは勝手だが、やはり「SF」としてはどうだ? という話が挙がるのは「アルマゲドン」が「SF」なんだから仕方ないだろう。それだけの話じゃないの? それに反論する自体が儂にはおかしいとしか思えないのだが。

  アルマゲドンに端を発したスレッドが幾つも... 三太郎太夫 2003/09/10 23:55:43  ツリーへ

Re: 基本的に「物語」論じゃないのか?
三太郎太夫 2003/09/10 23:55:43
アルマゲドンに端を発したスレッドが幾つも伸びるのはどうかと思いますが、物語論ということで、一言いわせていただきます。

> そもそも「伏線」をハッキリ打たないとか、「伏線」が不明になる。
> と言った「物語の理想論」からは好まれざる状況というのは、
> 儂は個人的には「日本独自の週刊漫画」や「日本独自のRPG」から発生しているように思う。

これはどうでしょう? 週刊漫画やRPGが生まれる遙か以前、神話や民間伝承などを見てみると、伏線を放置したり整合性のない物語なんて山のようにありますよ。いちいち例はあげませんが。
まぁ、自然発生的に生まれた物語に、整合性が無いのはある意味当然のことかも知れませんね。

だからというわけではありませんが、私は物語を語る上で、伏線の回収などといった辻褄合わせや整合性は、さほど重要ではないと思います。
物語というのは、あくまでも人間ドラマであり、伏線の回収や論理的整合性をはかるために作られているのではありません。
新人作家がよく編集者などに言われる批判で「小さくまとまり過ぎていて、面白くない」というものがあります。これなどまさに、整合性ばかりに気を取られ、物語そのものがおざなりになった例ではないでしょうか。

ついでに言うと、アギトや龍騎の一体どの辺が「物語が犠牲にされる」のでしょうか?
この2作品とも、伏線の回収や整合性を投げ出してでも、テーマそのものはきちんと完結させているではありませんか。犠牲になっているのは、あくまでも伏線や整合性だけです。それが理解できないのは、認識不足もいいところですね。

> 案外と登場人物の感情の流れに不整合がなければ、物語なんてすんなり見れてしまう面があるので、それで楽しいとか面白いというのは勝手だが、

それの何が悪いのでしょう? 登場人物の感情の流れこそが、人間ドラマの主眼ではありませんか? 私はあくまでも人間ドラマが見たいのであり、伏線の回収や論理的整合性ばかりに気を配った「良くできたパズル」が見たいのではありません。それは一般的な観客も同様だと思います。

> やはり「SF」としてはどうだ? という話が挙がるのは「アルマゲドン」が「SF」なんだから仕方ないだろう。それだけの話じゃないの? それに反論する自体が儂にはおかしいとしか思えないのだが。

これは大きな認識間違いですね。
作り手は「アルマゲドン」をSFだと思って作ってません。

> 『ザ・ロック』『コン・エアー』に続いて本作を手がけたプロデューサーのジェリー・ブラッカイマー自身、最初から「SFには興味がない」と認めており、宇宙に舞台を移しただけの冒険アクション映画になってしまっているのも致し方がないところ。

http://www.so-net.ne.jp/SF-Online/no20_19981026/review_movie.html#3

また料理の例え話をすると荒れそうですが、「アルマゲドン」をSFとして批判するのは、ラーメンに対して「スパゲティじゃないから駄目」だと言ってるような事ではないでしょうか?

  それともう一つ。 三太郎太夫 2003/09/11 00:10:20  ツリーへ

Re: 基本的に「物語」論じゃないのか?
三太郎太夫 2003/09/11 00:10:20
それともう一つ。

> 仮面ライダー等は基本的に「子供向け」番組として「子供」の正しい成長の為に物語を提供すべきであり

こういう考え方も、かなり視野の狭窄した思考ではありませんか?
「かくあるべし」というのは表現の幅の可能性を狭めるものですし、そもそも、「正しい成長のため」という発想そのものに、そこはかとない胡散臭さを感じてしまうのは私だけでしょうか?

それにウルトラセブン等、重くてシビアなテーマの作品なんていくらでもありますよ。それらすべても「大人の個人的な趣味の為のマスターベーション」と切って捨ててしまうのですか?

  このスレッドは、タイトルどおりってことで... White NOVA 2003/09/11 02:07:39  ツリーへ

Re: アルマゲドンに端を発したスレッドが幾つも...
White NOVA 2003/09/11 02:07:39
このスレッドは、タイトルどおりってことで。

 最初は、「アルマゲ論」をこちらで、続けてもらうつもりでしたが、別スレッドが立てられたので、
 こちらのテーマは、タイトルどおり「脳内補完」ということにしましょう。

 山本板でも書きましたが、私、「作品を楽しむための脳内補完」はOK。ただ、議論の場で「いたずらに脳内補完を持ち出して、批判や肯定の根拠にするのはまちがっている」という認識です。
 山本さんも、そういうことがおっしゃりたかったのだ、と考えています。

 ただ、「作品を作る側が、視聴者の脳内補完を狙って、わざと設定の種明かしをしない」「(打ち切りでもないのに)謎が解決されずに終わる」ってのは、美しくないなあ、と感じます。
 こういう「物語論テーマ」なら、「アルマゲドン」と切り離して、続けてもいいでしょうね。

  物語「論」なんだから ぺいりあん(palien) 2003/09/11 03:18:36  ツリーへ

Re: アルマゲドンに端を発したスレッドが幾つも...
ぺいりあん(palien) 2003/09/11 03:18:36
物語「論」なんだから
「物語」は物語の世界観の中で整合性がある程度あるべきなのは当然でしょう。
「枠」が無ければ「論」にはなりません。

>週刊漫画やRPGが生まれる遙か以前、神話や民間伝承などを見てみると、
>伏線を放置したり整合性のない物語なんて山のようにありますよ。

まぁ歴史は大事ですが、ここでは数千年の歴史を経た上で展開される我々の世代の新しい「物語」の事を言っています(文化的に言うとサブカルチャーとして分類される)。古代の「神」の時代の話だとか言い伝えの類とは別です。

>私は物語を語る上で、伏線の回収などといった辻褄合わせや整合性は、さほど重要ではないと思います。

その伏線が物語上重要な要訣だったりすると必ず回収されないとダメでしょう。また物語を味わっている人間の気に掛かっているのに回収されない伏線もダメでしょう。
物語を提供している側が「サービス業」だと考えれば儂の言う事も少しは納得して頂けるものと思います。

>物語というのは、あくまでも人間ドラマであり、伏線の回収や論理的整合性をはかるために作られているのではありません。

そのドラマを構築する上で、の話です。

>新人作家がよく編集者などに言われる批判で「小さくまとまり過ぎていて、面白くない」というものがあります。

だからと言って基礎を無視しては物語にならないでしょう。
エピソードを積み上げただけではストーリーにはならないのです。
それは単にエピソードの塊であってストーリーにはならない。
物語の整合性とは「物語」を完成させる上で必要な「整合性」の事を言っているのであって、仰るように『整合性ばかりに気を取られ、物語そのものがおざなりに』なる等は最初のプロットの段階のミスではないでしょうか。

  平成仮面ライダーについて ぺいりあん(palien) 2003/09/11 03:22:31  ツリーへ

Re: 物語「論」なんだから
ぺいりあん(palien) 2003/09/11 03:22:31
平成仮面ライダーについて

>アギトや龍騎の一体どの辺が「物語が犠牲にされる」のでしょうか?

不必要なエピソードの描写が視聴者を惑わし、何が本筋の物語なのかが不明になっている状態が続いたり、期待させた伏線が何も無かったりしてますよね。テーマが完結されているから物語は成立している。伏線や整合性は構わないというのは詭弁ではないでしょうか?

>犠牲になっているのは、あくまでも伏線や整合性だけです。

では「物語」には伏線も整合性も要らないという事でしょうか?
それでは物語「論」にならないですね。

>登場人物の感情の流れこそが、人間ドラマの主眼ではありませんか?

その人間が生きている世界や、その世界での人間関係があってこその「人間ドラマ」でしょう。その関係性を有用に見せる事が伏線の意味であり、エピソードを繋げた上で物語に昇華させるのが整合性です。それを「パズル」と言って済ましてしまうのなら「物語」という形を取って表現する意味がありません。

>「良くできたパズル」が見たいのではありません。

不出来なパズルもわざわざ見たいとは思えませんが。

>作り手は「アルマゲドン」をSFだと思って作ってません。

そういう投げた言い方が許されるなら何を表現しても意味がないでしょう。
それを一般の観客が認めて許しているのでしょうか?
観客が見た物語は「製作者の思惑」を超える事を許されないという事でしょうか?

>宇宙に舞台を移しただけの冒険アクション映画になってしまっているのも致し方がないところ。

だから「アルマゲドン」の「SF論」は認めないというのなら意見を交換する意味も何もない。この場合、貴方が「不出来だ」とする物語の製作者が「これは○○じゃないから」というと全てが・・・になりますね。

  「子供向け」とは? ぺいりあん(palien) 2003/09/11 03:28:37  ツリーへ

Re: 平成仮面ライダーについて
ぺいりあん(palien) 2003/09/11 03:28:37
「子供向け」とは?

>>仮面ライダー等は基本的に「子供向け」番組として
>>「子供」の正しい成長の為に物語を提供すべきであり

>こういう考え方も、かなり視野の狭窄した思考ではありませんか?

子供向けの物語だから、それをキチンとしろ。というだけですよ。で「子供向け」だから大人が楽しめないというのは勘違いで、それこそ視野狭窄でしょう。明治文豪の私小説が「高級」であるという勘違いの産物なのではと思ってしまいます。

>「かくあるべし」というのは表現の幅の可能性を狭めるものですし、

子供向けの物語だと、何処のどういう「表現の幅」が狭くなるというのでしょうか? なぜ表現の幅が狭くなるなどという短絡的な思考しか出来ないのでしょう。

>そもそも、「正しい成長のため」という発想そのもの
>に、そこはかとない胡散臭さを感じてしまうのは私だけでしょうか?

では貴方は自分の子供が正しく成長して欲しいという願望も持たないし、持つ必要も無いとお考えな訳ですか。大人が責任を持って子供に正しい教えを説くのがいけない事なのでしょうか?

>ウルトラセブン等、重くてシビアなテーマの作品なんていくらでもありますよ。

それらは大人になって見て「あぁそうだったなぁ」とか「あれはそういう意味だったんじゃないかな?」と思っている訳でしょ。違うのかしら? 子供が見て全然楽しめないという事は無かったと思います。

キチンと作り込まれた物語は子供向けであっても大人も楽しめるでしょう。大人が楽しめるように方向を変えて子供向け番組の内容を子供が判らないモノにしてしまうなんて大人がするべき事じゃないと儂は思います。

  「物語」は物語の世界観の中で整合性がある... 三太郎太夫 2003/09/11 05:08:38  ツリーへ

Re: 物語「論」なんだから
三太郎太夫 2003/09/11 05:08:38
>「物語」は物語の世界観の中で整合性がある程度あるべきなのは当然でしょう。

別に整合性が全くなくても構わない、などとは言ってません。
私は、あくまでも人物の感情および心境、そしてテーマ性の部分において整合性さえとれていれば、その他の事は無視しても構わないと言ってるだけです。

> まぁ歴史は大事ですが、ここでは数千年の歴史を経た上で展開される我々の世代の新しい「物語」の事を言っています(文化的に言うとサブカルチャーとして分類される)。古代の「神」の時代の話だとか言い伝えの類とは別です。

なんでサブカルだけに限定して話をする必要があるのか、わかりませんね。
神話とか民間伝承とか、それともお伽噺とかも含め、「物語」であることに違いはありませんよ。

> その伏線が物語上重要な要訣だったりすると必ず回収されないとダメでしょう。また物語を味わっている人間の気に掛かっているのに回収されない伏線もダメでしょう。

ええ、それは決して間違いではありません。ただ、ここが難しい所なんですよ。
その「物語上重要な伏線」というのを、誰がどうやって決めるのか、というのが問題かと。
私はテーマと無関係な伏線は、回収する必要がないと思います。そんな余計な事をするよりも、テーマ上必要な描写を一分一秒でも描くべきである、と。
ついでに言えば「テーマと無関係な伏線」なんてものに、こだわる人間の事まで考える必要はないかとも思います。
ただし、これは方法論の違いですので、そのやり方を絶対だと言い張るつもりはありません。
物語を提供する側が「サービス業」であると考えれば、色々なサービスの形があっても良いのではありませんか? どんな客の舌にも合わせられる店があれば、はたまた頑固に客を選ぶ店があるように。

> 物語の整合性とは「物語」を完成させる上で必要な「整合性」の事を言っているのであって、仰るように『整合性ばかりに気を取られ、物語そのものがおざなりに』なる等は最初のプロットの段階のミスではないでしょうか。

ところが、物語というのは生き物です。どんなにキッチリとしたプロットを立てていても、いざ作り始めるとキャラクターが暴走し、作っている本人も制御できなくなることがままあります。これはプロの作家なら必ず経験することだと思いますが。
そういう時、プロットを犠牲にしてでもキャラクターを動かすか、それともキャラクターの行動を限定してプロットを変えるか。これも方法論の違いですね。
私は物語というのは、キャラクターの行動によって生み出されるものだと認識していますので、前者の方法を重要視します。

  不必要なエピソードの描写が視聴者を惑わし... 三太郎太夫 2003/09/11 05:37:50  ツリーへ

Re: 平成仮面ライダーについて
三太郎太夫 2003/09/11 05:37:50
>不必要なエピソードの描写が視聴者を惑わし、何が本筋の物語なのかが不明になっている状態が続いたり、期待させた伏線が何も無かったりしてますよね。

すいません、具体例をあげていただけますか?
私はアギトにしろ龍騎にしろ、本筋そのものは最後まで理解していたつもりですが。
確かにアギトの前半など、物語がどこに向かっているのか分かりづらい状態が続いていましたが、振り返ってみると十分しっかりした筋があった様に思えますが。

> テーマが完結されているから物語は成立している。伏線や整合性は構わないというのは詭弁ではないでしょうか?

そもそもこれが大きな見解の相違ですね。何度も言いますが、私は物語はテーマを描くためのものだと思っています。その伏線がテーマを描くのに不必要であれば、無理して回収する必要はありません。確かに氷川刑事の視力についてのエピソード等、ドラマに生かせて欲しかったという気はしますが、そのこと抜きにしてもテーマそのものはきちんと完結しています。だから駄目、というのは「木を見て森を見ない」態度ではないかと。

> その人間が生きている世界や、その世界での人間関係があってこその「人間ドラマ」でしょう。その関係性を有用に見せる事が伏線の意味であり、エピソードを繋げた上で物語に昇華させるのが整合性です。それを「パズル」と言って済ましてしまうのなら「物語」という形を取って表現する意味がありません。

だから、ぺいりあん(palien) さんが言ってる事と私の主張はさほど違いはないんですよ。私はキャラの感情や関係性が組合わさって「人間ドラマ」を成している、と思います。そのために有用な伏線は、大いに回収するべきでしょう。でも、不必要な伏線まで回収する必要はありません。

> そういう投げた言い方が許されるなら何を表現しても意味がないでしょう。
> それを一般の観客が認めて許しているのでしょうか?

許しているからあんなに大ヒットしたわけでしょう?
ついでに言いますと、私が以前加入していたニフティの映画フォーラムで、アルマゲドンについて「SFとして駄目」と言った人間は、誰ひとりいなかったように記憶しています。ハリウッド的な脳天気さ、アメリカ人が世界を救う傲慢さを嫌う人は多々いましたが。それが一般の観客の反応だと思いますが?

> 観客が見た物語は「製作者の思惑」を超える事を許されないという事でしょうか?

観客は料金を払って鑑賞したわけですから、どんな感想を持つ権利もあります。ただ、それを「批判」という形で発表する場合、トンチンカンな事を言えば笑われます。たとえばラーメンとして作ったものに「スパゲティとしては失敗だ」などと言った場合。

> だから「アルマゲドン」の「SF論」は認めないというのなら意見を交換する意味も何もない。

だからそもそも、「アルマゲドン」を駄作認定する際に、何も「SFとして駄目」などと言い出さねば良いのですよ。普通に脚本が駄目、キャラクターの造形が駄目、プロットが駄目、という風に、いちいち例をあげて批判すれば。

> この場合、貴方が「不出来だ」とする物語の製作者が「これは○○じゃないから」というと全てが・・・になりますね。

その場合、「では何のつもりで作ったのか」ということを追及すれば良いのでは?
そういった分析こそが、健全な批評・批判には不可欠なのではありませんか?

何かの作品に対して特定のレッテルを貼って評価するのは、批判の方向を見誤る危険性すらある行為なのですよ。それこそ、ラーメンをスパゲティとして評価してしまうようにね。

  お願いします、ぺいりあん(palien)さん。 三太郎太夫 2003/09/11 06:05:12  ツリーへ

Re: 「子供向け」とは?
三太郎太夫 2003/09/11 06:05:12
お願いします、ぺいりあん(palien) さん。
もう少し冷静になって、私の文章を読み返して下さい。私が言ってもいないことを読みとられています。


> 子供向けの物語だから、それをキチンとしろ。というだけですよ。で「子供向け」だから大人が楽しめないというのは勘違いで、それこそ視野狭窄でしょう。明治文豪の私小説が「高級」であるという勘違いの産物なのではと思ってしまいます。

私の意見のどこに「子供向け作品は大人が楽しむ物ではない」などと書かれてましたか?

> 子供向けの物語だと、何処のどういう「表現の幅」が狭くなるというのでしょうか? なぜ表現の幅が狭くなるなどという短絡的な思考しか出来ないのでしょう。

子供向け作品だから表現の幅が狭くなる、などとは言っておりません。
子供向け作品だから、という理由で表現の幅を狭める人がいるのが問題だと言っているのです。

> では貴方は自分の子供が正しく成長して欲しいという願望も持たないし、持つ必要も無いとお考えな訳ですか。大人が責任を持って子供に正しい教えを説くのがいけない事なのでしょうか?

これも私が言っていないことですね。
私は、その「正しい教え」なるものが本当に正しいのかどうか、誰がその正しさを計るのか、ということを言いたいだけなのですが。
……まぁ、これは私の書き方が曖昧すぎたせいで、誤読させてしまったのかも知れませんが。

> それらは大人になって見て「あぁそうだったなぁ」とか「あれはそういう意味だったんじゃないかな?」と思っている訳でしょ。違うのかしら? 子供が見て全然楽しめないという事は無かったと思います。

でしたら、アギトや龍騎、555も同じではありませんか?
昔の子供たちがウルトラセブンのテーマ性を理解できず、単純に怪獣との戦闘だけを楽しんでいたように、今の子供達もライダーとモンスターとの戦闘だけを楽しんでいる、そしてその子供たちが成長してから、「あぁそうだったなぁ」とか「あれはそういう意味だったんじゃないかな?」と思ってくれれば、それで十分なのでは? その何がいけないのでしょう。
そもそも、どうしてこれらの作品を「子供が見て全然楽しめない」と言い切れるのか不思議です。
見ている子供が100%楽しめてない、みんながみんな嫌っている、というデータでもお持ちなのでしょうか? 公式HPのBBSの「親子揃って見てます」というのはすべてヤラセか何かだと思われますか?

確かに「子供が退屈している」という報告があることは知っています。でも逆に、「子供も喜んで見ている」「ゴロちゃんに憧れてる」という声も出てるんですよ。私もスーパーで4〜5歳ぐらいの幼児が母親に、仮面ライダー王蛇のフィギュアをねだっている光景を見たことがあります。間違いなくアギトや龍騎、555は子供にも人気があるんですよ。
人間、認めたくない意見はついつい見ないようにしがちなものですが、そういう態度からは公正な批評は生まれないのではないでしょうか。

  それは屁理屈です。 ぺいりあん(palien) 2003/09/11 11:09:55  ツリーへ

Re: お願いします、ぺいりあん(palien)さん。
ぺいりあん(palien) 2003/09/11 11:09:55
それは屁理屈です。

店舗の見かけも出される料理も「どう見ても」ラーメンなのに店主が「これはスパゲティだ」と言えば納得されるというのは普通有り得ない事態でしょう。まぁ料理なら「驚く」だけで済むかも知れません。

そういう理屈が誰にでも通用すると思う事、それ自体が貴方の言っている事と矛盾しています。

では逆に貴方に問いますが、子供が100%楽しんでいるというデータを・・・なんて言い出したら? それは物語「論」としても、子供向け番組の内容を問う話にしても全く関係の無い話です。

この世の事に何も100%なんて有り得ません。どんな不出来な物語を提供しても、それを楽しむ人は居るでしょう。そういう現実の曖昧さや許容量の事を問うているのではなく、子供向けの物語として大人が子供に提供する作品として「どうか?」という根本的な事を言っているのです。

>子供向け作品だから、という理由で表現の幅を狭める人がいるのが問題だと言っているのです。

「友達を大事にしよう」とか「悪い事はしてはいけない」という事を教えとして表現すると何故「表現の幅を狭める」のでしょう? 不可解ですね。

>私は、その「正しい教え」なるものが本当に正しいのかどうか、誰がその正しさを計るのか、ということを言いたいだけなのですが。

じゃ誰かが計ってくれないとダメで、誰が計ってくれたら納得するんですか? 子供に教える「正しさ」程度を理解できないなんておかしいですよ。「友達は大事に」という教えを一々「それは正しいのか?」とか「教えて良い事なのか?」と問い直していたら・・・それこそ杞憂というものでしょう。大人としての常識があるなら考えるまでもない事です。

>人間、認めたくない意見はついつい見ないようにしがちなものですが、そういう態度からは公正な批評は生まれないのではないでしょうか。

批評というものは番組が放映されて「その実際としてどうだったか」を言うモノではなく。あくまで作品として(勿論、作品を供与する方面の事も考慮して)どうだったかを問うものです。だからアギトも龍騎も「子供向け特撮番組としては不出来だった」というだけです。

この事を平成仮面ライダーを拒絶し、貶めるものだと読まれるのが間違いです。どんな作品も100%は有り得ないのですから。

  教育論に踏み込んでしまいますが……。 TOSHI 2003/09/11 13:02:28  ツリーへ

Re: それは屁理屈です。
TOSHI 2003/09/11 13:02:28
 教育論に踏み込んでしまいますが……。

 ぺいりあんさん、横レス失礼します。

>「友達は大事に」という教えを一々「それは正しいのか?」とか「教えて良い事なのか?」と問い直していたら・・・それこそ杞憂というものでしょう。

 誰かが計ってくれないとダメとか、誰が計ってくれたら納得するかという事ではないと思います。
 常識が共通の生活環境などにおける最大公約数であるのは確かだとは思いますが、絶対ではありません。

 例えば“イジメの原因”の1つは、「友達だと認識しないから」という側面があります。
 「友達は大事に」と教える事で、「友達でなければ大事にしなくてもいい」という解釈をする事もあるわけです。
 
 「悪い事をしてはいけない」という事も、しばしば主人公が人助けをするために悪いとされる事をする描写が物語であったりします。
 勧善懲悪など、その典型的な例でしょう。相手が悪い事をしたから、暴力を振るってでもやめさせるという事は果たして良い事なのでしょうか?
 子供には、まだそこまでは分からないからと勧善懲悪に徹するか、分からないかもしれないが伝えたい事があるんだと織り込むか。どちらの場合でも、子供を無視して制作しているという事にはならないと思うのですが。

 生憎と私は平成仮面ライダーシリーズを断片的にしか観ていないので、別な作品で自分の立場を表明しますが、私は物語は「それぞれの人に“引っかかるモノ”があれば良いと思っています。
 そのキッカケになったのは、『べっかこん鬼』という児童演劇です。
 あらすじは、ある村に目の見えない少女がいて、山にはみにくい鬼がいました。
 目が見えないことから虐められていた少女が山で迷った時に、鬼が少女を助けてあげました。
 少女は、目が見えませんから鬼とは分かりませんでした。
 一方、心配した少女の父親は村人から「鬼にさらわれたのでは」と聞いて猟銃を持ち出して山に入っていきます。
 鬼は少女の目が見えないことを不憫に思い、目を治してあげる事にします。
 しかしそこに、少女の父親が駆けつけて、鬼を殺してしまいます。
 そして、目が見えるようになった少女は、初めて自分を助けてくれたのが鬼だと知り、その鬼を殺した父親に恨みの言葉を吐いて自殺して終わります。

 この程度の物語は、アニメや漫画などでも似たような作品があるとは思いますが、上演当時、子供と一緒に鑑賞した大人たちの間では物議を醸しました。
「児童演劇で、こんな理不尽な物語をやっていいのか」と。
 しかし、回収されたアンケートを集計して、こんな意見に集約されていきました。
 男の子たちの多くは殺された鬼に感情移入した感想が多く、女の子たちは自殺した少女に、親からの感想は殺した父親の気持ちが重なったというように。
 つまり、それぞれが自分の気持ちや考えに基づいて感想を持ったという事です。
 親子で感想を交換してもらえれば、「視点が違えば感じる事も違う」事に気づいてもらえるかもしれません。

 そして私は、物語としての整合性よりも、自分を視点とした時に、同調できるキャラや、あるいは逆に思いもしなかった事に気づかせてくれるキャラがいるか、そしてそのキャラがどうなるのかの方に興味を持つようになりました。
 また、以来私は、「子供向け」という括りは、商売上の戦略としてはあっても、物語上の制約としては無いのではないかと思っています。

  TOSHIさんへ くむ 2003/09/11 15:09:08  ツリーへ

Re: 教育論に踏み込んでしまいますが……。
くむ 2003/09/11 15:09:08
TOSHIさんへ
童話だとか昔話だとか、いわゆる児童文学の中にも
悲劇や、理不尽を表現した作品はいくつもあります
それはしかし、物語の整合性がとれてないというのは違います
例に掲げられた『べっかこん鬼』も世の中の理不尽さを表現していても決して整合性がとれていないわけではないでしょう?
その作品自体を見たわけではないので分かりませんが少なくともあらすじを伺った限りではちゃんと整合性のとれた物語です
>男の子たちの多くは殺された鬼に感情移入した感想が多く、女の子たちは自殺した少女に、親からの感想は殺した父親の気持ちが重なったというように。
つまり、それぞれが自分の気持ちや考えに基づいて感想を持ったという事です。
つまり、子供がちゃんと感情移入できるように作ってあったわけでしょう?それが子供向けにちゃんと作る、ということだと思うのですが
子供向けに作るというのは簡単な話を作るということではなく、子供がちゃんとキャラクターに同調できるように作る、そして子供に向けてもちゃんとメッセージが込められている、ということではないでしょうか?それは大人の鑑賞に堪える、ことに矛盾を起こさず両立可能なはずです

同調できるキャラクターがいる、ということは、ストーリーの中でキャラの立ち位置がはっきりしていて、存在感を実感として感じられるということではないのでしょうか、それは物語の整合性がきちんとしている、ことにほかならないような気がしますがいかがでしょう
もちろん、つじつまあわせに汲々としている、のとは根本的に違う話だと思います

  …ところで、 MD 2003/09/11 16:47:59  ツリーへ

Re: TOSHIさんへ
MD 2003/09/11 16:47:59
…ところで、
>ついでに言うと、アギトや龍騎の一体どの辺が「物語が犠牲にされる」のでしょうか?
>この2作品とも、伏線の回収や整合性を投げ出してでも、テーマそのものはきちんと完結させているではありませんか。

…アギトに「テーマ」なんてありましたっけ?

  店舗の見かけも出される料理も「どう見ても... 三太郎太夫 2003/09/11 16:54:16  ツリーへ

Re: それは屁理屈です。
三太郎太夫 2003/09/11 16:54:16
>店舗の見かけも出される料理も「どう見ても」ラーメンなのに店主が「これはスパゲティだ」と言えば納得されるというのは普通有り得ない事態でしょう。

その店が「ラーメン店」だとはまったく表記せず、「新開発のスパゲティ」として宣伝していれば問題ないでしょう。誰もラーメンだからラーメン好きに食べてくれ、などと言ってないのにも関わらず、わざわざラーメンだと思いこんで食べに来て、文句をつける方が間違ってるんです。
そりゃラーメン店として大々的に宣伝してれば、看板に偽りありですしょうけどね。店頭にも広告にもメニューにも、どこにも「ラーメン」と記されてないにも関わらず、ラーメンと思いこむ方がおかしいでしょう。いや、思いこんでも構わないでしょうけど、それを根拠に店を責めるのはどうでしょうか。まぁそういう行為はハタからみれば「頭が固い」などと思われるでしょうね。

で、この理屈と私の言っている事と、どこが矛盾してるんですか?

> では逆に貴方に問いますが、子供が100%楽しんでいるというデータを・・・なんて言い出したら? それは物語「論」としても、子供向け番組の内容を問う話にしても全く関係の無い話です。

別に私は「すべての子供が龍騎や555を楽しんでる」などと言っておりませんよ。楽しんでる子供もいれば、楽しんでない子供もいる。すべての子供が楽しんでない、などという論調は間違いだ、と言ってるだけです。
そもそもこれは、「ぺいりあん(palien) さん基準による出来の悪い作品」=「子供が楽しんでない」という無理矢理な理屈から端を発した事です。私はこの前提条件が間違ってると言ってるに過ぎません。「あなたが出来が悪いと思っている」と「子供が楽しんでない」を混同しないように。

> 「友達を大事にしよう」とか「悪い事はしてはいけない」という事を教えとして表現すると何故「表現の幅を狭める」のでしょう? 不可解ですね。

論理のすり替えですね。私の書き込みの、どこがそう主張しているように見えますか?
それとも、アギトや龍騎、555のどの辺に「友達は大事にしなくていい」「悪い事をしても構わない」という教えの表現がありますか?

> じゃ誰かが計ってくれないとダメで、誰が計ってくれたら納得するんですか? 子供に教える「正しさ」程度を理解できないなんておかしいですよ。

「子供に教える正しさ程度」ですか。それはそれで、随分と子供を舐めた発言ですね。子供に複雑な善悪はわからない、と言っているようにも見えますが。

> 「友達は大事に」という教えを一々「それは正しいのか?」とか「教えて良い事なのか?」と問い直していたら・・・それこそ杞憂というものでしょう。

「友達は大事に」だけなら良いでしょう。しかし、「悪は絶対許さない」「正義は絶対に守らなければならない」とまで言えば? その「正義」や「悪」の概念について、立ち止まって考えてみる事も必要なのでは?
いや、「とにかく絶対的な悪」が存在する勧善懲悪を悪いことだとは言いません。そういう単純なヒロイズムもまた、子供には必要でしょう。ただ、それだけだと偏ってしまうのではありませんか?
「正義の味方」が口にしている正義が本当に正しいのか、という視点、一見悪人に見える人間が、本当に悪人なのか、という視点が子供作品にあっても悪い事ではないでしょう。そういう視点があったからこそ、ウルトラセブン等の作品は名作と言われているわけですから。

  批評というものは番組が放映されて「その実... 三太郎太夫 2003/09/11 17:00:49  ツリーへ

Re: それは屁理屈です。
三太郎太夫 2003/09/11 17:00:49
>批評というものは番組が放映されて「その実際としてどうだったか」を言うモノではなく。あくまで作品として(勿論、作品を供与する方面の事も考慮して)どうだったかを問うものです。だからアギトも龍騎も「子供向け特撮番組としては不出来だった」というだけです。

だから「その実際としてどうだったか」という事であれば、そもそも「子供が楽しめないから」云々という視点を持ち出す事そのものが間違いですね。その視点でいえば、アギトや龍騎もウルトラセブンも変わりはありません。
で、ぺいりあん(palien) さんは、それ以外に「アギトや龍騎が「子供向け特撮番組としては不出来」な根拠をあげておりませんよね?(「本筋が不明」とか「伏線の回収がない」とかは仰有ってますが、具体的に作中のどこを示しているのか指摘がないのでは、単なる感想に過ぎません)
途中の論理展開をすっとばして、いきなり結論だけを提示する「論」に説得力は皆無ということを認識して下さい。

> この事を平成仮面ライダーを拒絶し、貶めるものだと読まれるのが間違いです。どんな作品も100%は有り得ないのですから。

であれば、「「大の大人」が個人的な趣味の為のマスターベーションを繰り広げている状態」などと言わなければ良いのでは? これは誰がどう読んでも「拒絶し、貶める」発言だと思いますが?
これは御自身の好みのみで、作品を愛している人の気持ちをまったく考慮してない発言でしかありませんね。批判するな、とは申しません。ただ、その批判を自分の好みだけで行う事は間違いです。

>MDさん
スレッドの節約のため、まとめレスで失礼します。

> …アギトに「テーマ」なんてありましたっけ?

どういう基準で言ってるのか知りませんが、世の中に「テーマの無い作品」などというものはありません。「テーマが支離滅裂」という作品は多々ありますが。
議論に参加するつもりでしたら、せめて論旨を明確にしていただけませんか?

  くむさんへ TOSHI 2003/09/11 19:06:56  ツリーへ

Re: TOSHIさんへ
TOSHI 2003/09/11 19:06:56
くむさんへ

 レスをいただき、ありがとうございますm(_ _)m

>その作品自体を見たわけではないので分かりませんが少なくともあらすじを伺った限りではちゃんと整合性のとれた物語です

 私も、あらすじを書いてみて「整合性取れてるじゃん」と思いましたが、村の子供たちなどのキャラクターが絡む細々としたエピソードを加えると、「活かされてないのでは?」という点が幾つかあります。

 その事から考えると、物語に出てきた伏線や設定などがラストに向かって収束しない事と、物語の整合性は必ずしもイコールではないのではないでしょうか。
 周辺で起こったエピソードを削ったら、あらすじが浮かび上がってくるかこないかで、全体として整合性が取れている事になるのかもしれません。
 ただし、受け手が感じた主軸によっては、また違うかもしれませんが。

>子供がちゃんと感情移入できるように作ってあったわけでしょう?それが子供向けにちゃんと作る、ということだと思うのですが

 私は、これは子供が感情移入できるように作ってあったというよりは、「人は自分が感情移入できるところ(興味のあるところ、あるいは経験上で知っていること)から入っていくものなのだ」と解釈しています。

>同調できるキャラクターがいる、ということは、ストーリーの中でキャラの立ち位置がはっきりしていて、存在感を実感として感じられるということではないのでしょうか

 私もそのように思います。
 同時に、その場合における“物語の整合性”とは、全体のストーリーとしての物語ではなく、そのキャラークターの“人生”の中の物語としての整合性ではないかと思います。
 ここでまた別な作品を例に出すと混乱の元になってしまうかもしれませんが、TV版の『機動戦艦ナデシコ』は戦争は終結しないまま、主人公のアキトとユリカがお互いに好きだという気持ちを確かめたところで終わっています。
 全体のストーリーとしては、戦争の行方は気になりますし、異星人の遺跡類などのアイテムも気になるところです。
 しかし、主人公の物語としては1つの通過点を通ったわけで整合性は取れていると思います。せっかく出てきた各種のSF的な設定は、2人の恋愛には直接的には関係ありませんから。

 以上の事から、改めて自分の考えを整理して書くと、こんな感じです。

1.受け手が何を主軸にして観るかで、物語の整合性が取れていると満足する時と、整合性が取れていないと満足できない時がある。

2.子供向けに限らず、「○○向け」というのは商業的な戦略としてはあるだろうが、結局は大人も子供も関係無く「自分の琴線に触れる部分」で楽しむもの。

3.2に関連して、「子供向け」という括りに“定番”として取り入れやすい要素(勧善懲悪・観た目のハデさ=単純明快)はあるとしても、それ自体がそもそも絶対でも普遍でもない。

  はぁ。 MD 2003/09/11 19:32:51  ツリーへ

Re: 批評というものは番組が放映されて「その実...
MD 2003/09/11 19:32:51
はぁ。

>議論に参加するつもりでしたら、せめて論旨を明確にしていただけませんか?

別に「議論」に参加するつもりはありません(反対に、茶化すつもりもありませんけど)。ただ疑問に思ったんで質問させてもらっただけです。
「あの番組にテーマなんてあったのか?」ってね。他の人はどうか知りませんが、私はあの番組に「支離滅裂なテーマ」すら感じられなかった人間なもんですので。

  アギトのテーマ 仕立屋雅楽 2003/09/11 22:38:35  ツリーへ

Re: はぁ。
仕立屋雅楽 2003/09/11 22:38:35
アギトのテーマ
「絶対的存在(神、悪魔、運命等)に対し、果敢に挑戦をする人間達」なんじゃないですか。後付ですけど。

アメリカにはアダルト向けSFドラマがジャンルとして、確立していますよね。というか、ヤング向けとは完全に区別されています。
日本はこのラインがあいまいだから、このような論争にもなってしまうのかな。とも思います。

日本にも「ウルトラQ」という稀有な作品もあったんですが、「ウルトラQ」後、残念ながら怪獣一辺倒になってしまったので、このジャンルが確立し損ねたんでしょうね。

それで、SFドラマをやりたい作家は、バンダイを騙くらかすしか方法が無かった。だから、中途半端でどっちつかずな作品の印象しか残らないんじゃないでしょうか。

  一話完全燃焼を望む 赤石 2003/09/11 23:58:42  ツリーへ

Re: アギトのテーマ
赤石 2003/09/11 23:58:42
一話完全燃焼を望む
こんばんわ。ここでは初めて書込みします。はじめまして、みなさん。

クウガ以降の平成ライダーは、子供向けにも関わらず、プロットが複雑すぎるのではないかと思います。

Coolな伏線、物語の整合性もたまにはいいでしょうが、予習、復習が必要な30分番組というのは、不満ですね。

アストロ球団ではないですが、30分完全燃焼で、その一話だけ見ても楽しめるやつをやって欲しいです。

  TOSHIさんへ くむ 2003/09/12 01:18:24  ツリーへ

Re: くむさんへ
くむ 2003/09/12 01:18:24
TOSHIさんへ
>物語に出てきた伏線や設定などがラストに向かって収束しない事と、物語の整合性は必ずしもイコールではないのではないでしょうか。
私もそう思います。特に長期不定期に渡るシリーズものなどではそうなりやすいでしょうし、それでも良い場合も少なくはない、とは思います
しかし基本的には伏線は張ったら回収すべきですし、基本設定には矛盾しないようにするべき、です
原則を守る姿勢があってこそ、幾ばくかの取りこぼし、矛盾には目を瞑れるものではないでしょうか
時にはキャラクターやストーリーの勢いが全て吹き飛ばす様な快作もあるでしょうが、そういう存在自体わずかですし、それで原則が守られているならなおさら良作といえませんか?

>同時に、その場合における“物語の整合性”とは、全体のストーリーとしての物語ではなく、そのキャラークターの“人生”の中の物語としての整合性ではないかと思います。
物語中の「世界のストーリー(歴史的エピソード)」と物語の「全体のストーリー(主軸のストーリー)」が必ずしもイコールではないとは思います
いわゆる英雄譚はこれがイコールになるのでしょうが、そうはならない物語も沢山あります
ナデシコはもう記憶が大分薄れてはいるのですが基本的に最初からアキトとユリカの話(=主軸のストーリー)ではなかったでししょうか?それなら確かに整合性がとれているのです
ただ、戦争の行方やアイテムが気になるような終わり方にしてしまったというのは、まとめ方に幾分の弱点を持つ、と言えるかと思います(商業的な狙いでその弱点を次につなげられる一種ツッコミ待ちのボケとすることも可能ですが完成度と言う点では減点だと思われます)最終回でスッキリ納得(世界の問題が解決してないにしてもそれが別の話であることがはっきり示される等)して終わる方が良いには決まっています

1に関して、送り手は自分が主軸として見せたい部分をきちんと受け手が観てくれるように作るべきですし全体的に丁寧につくられていれば受け手の主軸が違っていても整合性に不満が出ることは少ないでしょう
前者は作品の力ですし、後者は仕事の良さ、だと思います
力のある作品は受け手の誤解や曲解、目の逸らしを許しませんし、どんな見方をしても隙がないのは「いい仕事」ではないでしょうか
個人的には「力があり、いい仕事をしてある作品」が良い作品で、できるならばより良い作品を見たいと思います
(いや、ジャンクな作品だって好きですけどね)
2も1に繋がるのですが「自分の琴線に触れる部分」が、いわゆるキャラ萌えしかなかったり、おもちゃとしての格好良さ、だけだったら作品としては駄目だと思います
マーケット戦略としての「○○向け」とは違う意味でメッセージの対象設定というのはあるのではないか、送り手のメッセージが受け手の琴線に触れるように作るのがちゃんと作った作品であると思うわけです
3で定番の要素が絶対でも普遍でもないのは同意ですが、子供に向けて作る場合、単純である必要はなくとも明快、明確であることは心掛けるべきだと思います
少なくとも、そうすべきもっともな理由もなく明快でも明確でもないのは作りに問題があると言えませんか?もっともな理由がある場合、作品内で示す必要がある、と思います

  子供に関する資料提供 White NOVA 2003/09/12 01:55:21  ツリーへ

Re: TOSHIさんへ
White NOVA 2003/09/12 01:55:21
子供に関する資料提供

 塾の先生なので、子供がどんなテレビを見ているか聞こえてきたり、カバンに付けたストラップなんかで、ある程度の人気の良し悪しが判断できます(まあ、一部の偏った情報であることは否めませんが)。

 まず、昨年の「龍騎」は小学生の子供受けが良く、それに比べると、今年の「ファイズ」は不人気っぽいです。今年は、「アバレンジャー」の方に人気が集まっている感じです。
 それでも、「ファイズ」は面白い、と主張する子供は何人かいて、「ファイズ」VS「カイザ」なんかも話題に上がります。どうも、我々の世代が「ハカイダー」を見て格好いいと思う感じかなあ、と。

 しばしば、「ライダー同士の戦い」が子供たちに悪影響を与える、という論調がありますが、子供たちは戦っている理由はよく分からないけど、「一種のゲーム(ポケモンみたいな)」として受け取っているように思われます。
 逆に、「ファイズ」がなぜ、面白くないかと言うと、「(龍騎よりも)仮面ライダーが少ないから」とのこと。

 私の周りの子供たちの間では、今は「アバレキラー」が人気があるようです。
 キャラの持ってる哲学性よりは、単純に「強いキャラ」「たくさんのキャラ」が子供たちに受けるようですね。

PS:中学生のデータは、さすがに持っていない。その年頃になると、塾で「テレビの話題を口にするのがいけない」ということに気付くらしい。

PS2:一応、議論に本格的に介入するつもりはありませんが、一つの参考意見として受け取ってもらえれば、幸いです。では。

  おいおい。 ぺいりあん(palien) 2003/09/12 03:19:49  ツリーへ

Re: 批評というものは番組が放映されて「その実...
ぺいりあん(palien) 2003/09/12 03:19:49
おいおい。

1年間放映された番組の全部を解説しろってかい?
馬鹿も休み休み言い給え。

あとアルマゲドン問題に関して根元的な部分を理解してないようなので遠回しじゃなくてハッキリと言おう。

三太郎太夫さんが言う
「監督がSFじゃないと言っているのだからSFとして語れない」というのは、貴方が勝手に妄想している「信仰」です。
「SFではない物語をSFとして評論するのは間違っている」というのは、貴方が勝手に妄想している徳目です。

同じように平成仮面ライダーの評価も間違っています。

貴方の擁護は「評論」にも「論」にもなってません。
作品と周囲の状況を混同してらっしゃるばかりで全然、話になりませんね。

残念ながらアギトも龍騎も物語としては不出来であり、それは作品内における端々の描写でも明かです。子供の理解力を完全に置いてけぼりにした事など「大の大人」が個人的な趣味の為のマスターベーションを繰り広げている状態」と言わずして他の何だと言うのでしょうか?

創作という快楽を得ようとするなら提供者にカタルシスをキチンと与えるべきであり、それが出来てないから儂は不出来であると言っている。

アギトは最後に神様を出しちゃった事で「テーマを見失った」ように見えますよ。最後アギトだけで神様を蹴り殺したなんて冗談としか思えない。

  済みません読んで気になったので。 ちゅっぷす 2003/09/12 03:50:44  ツリーへ

Re: おいおい。
ちゅっぷす 2003/09/12 03:50:44
済みません読んで気になったので。

>アギトは最後に神様を出しちゃった事で「テーマを見失った」ように見えますよ。
神様・・・黒ダミアンとか青年とか言われる人のことなんですけど、
『最後』どころかずっと最初の方から出ていたのに。

>最後アギトだけで神様を蹴り殺したなんて冗談としか思えない。
殺してもいないし・・・。

あの青年と最後の方に出ていた光の固まりを
別の物としてとらえているのかな?


気になっただけですので、別にレスは要りません。
板汚し、申し訳ない。

  さて、困りました。 三太郎太夫 2003/09/12 05:46:25  ツリーへ

Re: おいおい。
三太郎太夫 2003/09/12 05:46:25
さて、困りました。
どう考えても、ぺいりあん(palien)さんは冷静さを失っています。
以下のような発言が、そのいい例でしょう。

> 1年間放映された番組の全部を解説しろってかい?
> 馬鹿も休み休み言い給え。

誰がそんなことを言いましたか?
私はただ単に「駄作だとする具体的な根拠をあげてください」とお願いしただけですよ。それがどうして「全部を解説しろ」という事になるのですか?
相手が言ってもいない発言に対し、罵声まじりに過剰に反発するのは、傍目にみて理性的な行為とはとても言えません。
何度も言いますが、もう少し落ち着いて、私の発言をきちんと読み返してください。

> 「監督がSFじゃないと言っているのだからSFとして語れない」というのは、貴方が勝手に妄想している「信仰」です。

これもかなり理性的な文章とは言えませんね。
「SFとして作ってない」ものが「SFとして語れない」というのは、実に当たり前の事ですよね。あなたの方こそ、「これはSFに違いない」「SFとして語る必要がある」という「妄想」を押しつけていませんか?
何一つ根拠を挙げず、他人の考えを勝手に代弁した上に「信仰」だの「妄想」だの決めつけるのは、極めて不作法な行為ですよね。そこの所をどうか、ぺいりあん(palien)さんもご理解下さい。でないと、議論にも何にもなりませんから。

> 「SFではない物語をSFとして評論するのは間違っている」というのは、貴方が勝手に妄想している徳目です。

ご自分が何を言っているのか、理解されてます?
言い換えれば、「SFではない物語でも、構わずにSFとして評論することは正しい」という事になりますが、それでもよろしいのですか?
ということは例えば、
「童話でない物語を童話として評論する」「怪談でない物語を怪談として評論する」「ポルノでない物語をポルノとして評論する」
それらもすべて成立する事になりますね。
その場合、童話に対して「恐怖シーンがないから怪談として不出来」、怪談に対して「濡れ場がないからポルノとして不出来」……等々、いくらでも理不尽な批判が出来る事になりますね。もちろん、そんな批判が評価に値するものでないことは言うまでもありません。

  平成ライダーについてのご批判も、やはり「... 三太郎太夫 2003/09/12 05:46:58  ツリーへ

Re: おいおい。
三太郎太夫 2003/09/12 05:46:58
平成ライダーについてのご批判も、やはり「論」の形になっていませんね。

> 残念ながらアギトも龍騎も物語としては不出来であり、それは作品内における端々の描写でも明かです。

だから、その「不出来である根拠」「端々の描写」というのを「具体的に」指摘して下さい、とお願いしているのですよ?
根拠も論旨も示さず、結論(作品として不出来)だけを提示するのが、あなたの言う「論」ですか?その「具体的な指摘」に1年分の解説が必要と仰有るのでしたら、それを行うべきでしょう。それだけの手間暇を惜しんでいて、何が「論」ですか。何かを批判するための「論」を組み立てるのでしたら、それ相応の代価を払うべきではありませんか?

> 創作という快楽を得ようとするなら提供者にカタルシスをキチンと与えるべきであり、それが出来てないから儂は不出来であると言っている。

この文章に、客観的な説得力があると思いますか? これはすべて、ぺいりあん(palien)さんの主観でしかありません。
さらに、

> 子供の理解力を完全に置いてけぼりにした事など「大の大人」が個人的な趣味の為のマスターベーションを繰り広げている状態」と言わずして他の何だと言うのでしょうか?

これも前の発言で論破済みですね。前にも言ったように、ウルトラセブン等、過去の名作にも「子供の理解力を置いてけぼりにした作品」などいくらでもあります。それらを否定せず、平成ライダーだけをただ闇雲にやり玉にあげるのは、ただ単に「平成ライダーが嫌いだから」という極めて主観的な理由としか思えません。
こんな風に客観性に欠け、第三者を説得しうるだけの具体的な根拠もない文章。これこそ「自分の感想」と「周囲の状況」を混同し、「評論」にも「論」にもなってない代物ですね。

そしてもう一つ、ちゅっぷすさんもご指摘の通り、ぺいりあん(palien)さんは間違った記憶に基づいてアギトを批判されていることが明らかになりました。
こんないい加減な批判に、説得力があると思いますか?
「評論」とか「論」とかのつもりでしたら、批判する対象をもう一度きちんと確認するべきでしょう。それが出来ないのでしたら、「論」などと構えた事は言わず、「自分はアギトが嫌いだ」程度の「個人的な感想」に留めておくのが良識ある大人の態度というものですね。

最後にもう一言。この発言にレスするのであれば、最低5回は私の発言を読み返し、書き始める前に深呼吸をしてからにして下さいね。私が言ってもない事に対して、無駄にヒートアップされても困りますから。

  平成ライダーの悲劇 仕立屋雅楽 2003/09/12 06:41:14  ツリーへ

Re: 平成ライダーについてのご批判も、やはり「...
仕立屋雅楽 2003/09/12 06:41:14
平成ライダーの悲劇

なんと言っても、ひとつのテーマ(それもどちらかといえば、形而上的な)で、一年間続けていかなければならない所だと思うんです。

アギトも龍騎も、よけいなものを省いて、テーマだけを追っかけていけば、凄い傑作になったでしょう。
私個人としても、龍騎はそのあたりはとても残念です。結構好きな作品ですし。
その辺、今の555も井上氏の苦労が見えますよね。小さな山場をちょこちょこ作って、テーマの体裁を保ちつつ、なんとかラストまで持っていこうとしている。
本当、一年続けていくのは、大変ですよね。

よくここで引き合いに出されるウルトラセブンですけど、バランス感覚は優れているというか、ノンマルトや、第四惑星、円盤の後、恐怖の超猿人に戻しているところが、上手ですね。
これが一年を通じて、人間のエゴとか、文明への警鐘とかそういった話ばかりだったら、ここまで名作扱いされていないでしょうし。
ビデオのセブンの失敗は、これを無視したからでしょう。
子供番組だから、基本はエンターテイメントです。

子供のための番組だけど、大人の感覚は必要です。その大人の感覚で、「今日の話は、ちょっと子供には難しかったね」というのと「今日の話も、子供達は置いてけぼりだったね」というのが、555とセブンの差ね。

  こんにゃく問答か。 ぺいりあん(palien) 2003/09/12 08:02:31  ツリーへ

Re: 平成ライダーについてのご批判も、やはり「...
ぺいりあん(palien) 2003/09/12 08:02:31
こんにゃく問答か。

物語「論」として。と最初に書き寄越しておきながら、作品のみの評価が出来ずに
「アルマゲドンは監督がSFじゃないと言っている」とか
「アギトを好きな子供も居る」とか

訳の判らない事を言わないで欲しい。ようするに三太郎太夫さんの論法だと、どんな評論をしても他の面からの「そうじゃない」という事を言うばかりで、まるで話にならない。

アギトの神様が最初の方から出てたって、それを伏線として引っぱる事もせずに、いきなり最後の方で出てきて
「さそり座」を動かしたり理由が判らない事をするばかりで、その伏線の結末もなくアギトと戦って「不明」な状態になりましたよね?

最後、光の球になってどこかへ行こうとした神様(謎の青年)にアギトが蹴りをかまして「物語」は終息しました。視聴者の見た目からはアギトが神様を蹴り殺したとしか見えませんが?

しかも、その事態が作品中でカタルシスを与えるに充分なものになっていたか? と言えば「充分ではなかった」と言わざるを得ないでしょう。これは登場人物たちに言葉が足りなかったからだと思います。日常的な描写で台詞を省くというのは演出としてアリですが、非日常的な描写で台詞を省くと視聴者には画面上で何がどう進行しているのか理解できません。そういう事です。

アギトなど「物語論」以前に「演出」がなってない。
龍騎は「演出」は良い物が散見されたが「物語」は消化不良気味であった。
555に関してはまだ放映中なので最終的な評価はしない。


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