山本弘トンデモ資料展
2006年度版4−A


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[「と学会」員に突っ込みを!] トピック
2006年08月02日
20:51
 あったんだ論につっこむ
  ぶっちゃん
あったんだ論って何か内容が薄くないですか。
こんなこともあった。とか内容の補足ができればと
思います。

書き込み
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2006年08月02日
21:06
    1: ぶっちゃん
だから、ケネディ大統領から、月着陸は可能かと問われても、
NASAの幹部としては必要な費用も期間も、宇宙船に乗る人数
も具体的に答えられたはずはない。(P.15)

杉並 1章担当の江藤さんからこの間聞いたんですけど、
ケネディはほとんど周りに相談せずに、NASAの長官に
ちょっと相談したくらいで、月に人間を送り込むって
宣言しちゃったらしいですね。

全部推測ですが、2001年に1962年に録音された
ケネディ大統領とウェッブNASA長官のテープが公開されて
おり、ウェッブ長官は月面着陸について「優先課題の一つ
である。」とし、慎重な姿勢を見せています。その一方、
ウェッブ長官はNASA内部のヒアリングから月面着陸は
可能だとの感触を得ていたとも伝えられています。

参考
http://cacao55.fc2web.com/sub19.html
http://www.planetary.or.jp/magazine/000719.txt
2006年08月02日
22:29
    2: ROCKY
1960年代中の月着陸を宣言しちゃった後で、アポロ計画の予算の見積もりに音を上げたケネディ大統領は言ったそうです。
「君たち科学者は、もっと金の掛からない競争を考え出せないもんかね?」
月着陸をソ連相手の競争にしちゃったのは、そもそもあんたでしょうが。
2006年08月03日
09:50
    3: 山本弘
 だからケネディの「月に人間を送る」宣言は1961年5月で、このNASA長官とのやりとりがあったのはその翌年でしょ?
 何も矛盾ないですけど。

>あったんだ論って何か内容が薄くないですか。
>こんなこともあった。とか内容の補足ができればと
>思います。

 そりゃあマニアックなことまで詳しく書けと言われたらいくらでも書けるけど、本題からはずれた瑣末なことまで書いても、喜ぶのは一部のマニアだけでしょ?
 この本の対象読者はマニアではなく、ロケットのことも宇宙開発の歴史も何も知らない一般人ですから。詳しく知りたい人は巻末の参考資料読めばいいんだし。
2006年08月03日
13:50
    4: ROCKY
1962年の11月、すなわちケネディの演説から1年半もたってからでも、
NASAの最高責任者は「大丈夫。任せてください。1960年代中に月に着陸して見せます!」と請け負うどころか、
>「同意はできない。有人着陸は、数ある優先課題の中の1つにすぎない」
>「われわれは月面についてまだ何も知らない」と述べ、飛行士を送り込む前に、月面上で人間が生きていられるかなどを科学的に検証することが先決だと主張。
>着陸計画を急ぐよう求める元大統領に対し、慎重な姿勢を貫いている。
と、まったく腰の引けた返答をしているわけで、
ケネディ演説の時点ではなんの具体的計画もなかったと言う話を間接的に裏付けていますね。
2006年08月03日
15:13
    5: ぶっちゃん
一般書ということで、納得しました。巻末の参考資料から
『月をめざした二人の科学者アポロとスプートニクの軌跡』
中公新書 的川泰宣著が抜けているのが惜しいと思います。

それを読んで思ったのですが、ケネディ演説の意志決定は
ジョンソン副大統領がフォン・ブラウンの意見を尊重して
なされた。とか、1959年にジョージ・ローが月着陸の
ロードマップを書いていたとかありますね。
2006年08月03日
16:07
    6: ROCKY
ジョージ・M・ロウのバイオ。
http://www.lib.rpi.edu/Archives/history/presidents/low,gm.html

実はJFKに月着陸計画を吹き込んだのはLBJじゃないのか、
って仮説と言うか憶測もありますね。
LBJはもともと議会では宇宙開発に熱心で、テキサス州の航空宇宙産業をバックに付けた、宇宙族の議員だったとの話もあります。
テキサスのヒューストンにある宇宙センターが彼にちなんで名付けられているのも当然かもしれません。
2006年08月03日
16:44
    7: ぶっちゃん
的川本によれば、ケネディ大統領が「(前略)アメリカが
ソ連を負かすには、宇宙に実験室を運べばいいのか、
月を回ってくればいいのか、月面に着陸するロケットを
打ち上げればいいのか、それとも人間を月に運べばいい
のか。…」というメモを1961年4月19日に渡し、
多くの質問の後、「このことに関しできるだけ早急に
レポートを提出して頂きたい。」と結ばれ、
宇宙に関心のあったジョンソンには格好のチャンスだった。
とありますね。そのジョンソンに月着陸計画を吹き込んだのが
フォン・ブラウンだったとありますが、後押しをしただけ
なのかもしれません。
2006年08月06日
00:26
    8: ROCKY
http://www.vectorsite.net/tamrc_07.html
これを読むとLBJが上院議員時代にまさにNASAの生みの親と呼ばれても良い働きをしたことが分かります。
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