山本弘トンデモ資料展
2007年度版3−A


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[懐疑論者の集い-反擬似科学同盟-] トピック
2007年02月26日
09:40
 あなたが懐疑論者になったきっかけは?
  山本弘
 今でこそ疑うようになったけど、かつてはUFOや超能力や超古代文明の存在を信じていた人は多いはず。
 それらを疑うようになったきっかけをお聞かせください。

書き込み
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2007年02月26日
09:54
    1:  山本弘
 僕の場合、高校時代まではみんな信じてました(^^;)。
 矢追特番、真剣に見てましたし、スプーン曲げも予知能力も本当にあると思ってました。イースター島のモアイは宇宙人が作ったと思ってました。

 フィリピンの心霊手術も信じてたんですけど、あるきっかけで信じなくなりました。
 確か日本テレビの『知られざる世界』だったと思うんですけど、アメリカで製作された心霊手術をめぐるドキュメンタリーを放映したんです。
 冒頭、心霊手術の場面がありました。術者が患者の腹に手を当てると、血があふれ出し、指がずぶずぶと体内にめりこんでゆく。最後は体内から患部をひきずり出します。
 すごいなあとと感心しながら見ていたら、そこに司会者登場。
「みなさん、今の映像を見て本物の心霊手術と思われたでしょうか。実は今のはすべてトリックだったんです」
 ええーっ!?
 術者を演じていた男は実は奇術師で、手の中にタネを隠し持つテクニックとか、指が体内に入ってゆくように見えるテクニックとかを、すべて解説してくれました。
 その奇術師の名は記憶から飛んでいましたが、ジェイムズ・ランディであったことを、ずっと後で知りました。
 番組中では、フィリピンの心霊手術の模様も取材し、流れ出た血を持ち帰って検査したら動物の血だったとも言っていました。

 よく、「この目で見たものしか信じない」と言いますけど、この目で見たものでさえうかつに信じちゃいかんのだよなあ、とつくづく思ったものです。
2007年02月26日
09:55
    2:  火をつけろ!!
怪奇物の話題が好きで、
ムーとか読んでいたら、
一つの雑誌、
一つの記事、のなかですら、
つじつまが合わない話題が多かったことですかね。

勿論、論理的に首尾一貫した間違いもあるとは、思いますが。


あとは、いろんなとこで、
同じ話のバリエーションを、
聞いたり読んだりしたことですかね?
2007年02月26日
10:24
    3:  Michael
 一度ラウンジに書いたんですが、こっちの方がよさそうなので。
 僕の場合、オカルト本を読み漁っていた小学生時代に出会った『きみにもスグできる超能力マジック』が、おそらくきっかけです。
 スプーン曲げとか心霊手術とか心霊写真とかをネタにしたマジックの話がすごく面白くて、夢中になって読みました。
 そう、面白かったんですよね。地縛霊がどうとか浮遊霊がこうとかよりも、「うつむいている人を後ろから見上げるように撮れば首なし写真ができるよ」という話の方がずっと面白かった。
 それですぐにビリーバーを卒業したわけではないですが、あの本がなかったら卒業が遅れただろうとは思います。

『きみにもスグできる超能力マジック』の著者について詳しく知ることになるのは、もっと後の話です。驚きましたね。ええ。
 だから『トンデモ本の世界』で山本さんが「この人はわかっててやってる!」と書かれていたのを見て、「だよなあ」と思ったものです。
2007年02月26日
10:30
    4:  ワカシム
↑コロコロのMRマリック物語で、「マジックとトリックでマリックだー!」という漫画を描いたのも(記憶違いの可能性もありますが)光の組織wの人でした。
2007年02月26日
11:10
    5:  芹沢文書
殆どの物は懐疑に転向した記憶がないほど昔に信じなくなった、または最初から信じていなかったような気がします。
ただ、何故か「100番目のサル」の本が家にあって(うちはスピリチュアルな家庭ではなかったんですが、自然保護に関心の強い傾向があったのでそのツテでどこからか配られたのでしょう)これは暫く信じてました。明確に嘘と知ったのは多分インターネットに触れて以降。

実のところ今話題の9.11も「アメリカの陰謀」と言われたとき一瞬「ああ、そういうこともあるかも」とか考えかけたんですが、すぐ可能性の低さに思い至りました。
2007年02月26日
11:59
    6:  にゅー
 大学の途中まで、たまにワンダーライフ(中学ぐらい?)やムーを読むぐらいのゆるいビリーバーでした。で、「自分は他の人より色々考えた上で信じてる」みたいな、(非常にイタイ)思い込みがありました。

 ちなみに、ビリーバー時代も読者投稿欄のようなところは、「いっちゃってるやばいひとがいっぱい」という認識で、科学っぽいエッセンスがあるものを強く信じる傾向にあったと思います。

 インターネットが少しずつ広まってきたので、インターネット上で色々見るようになって、円盤ビリーバー(きっかけは矢追スペシャルだけど)&超古代文明ビリーバー度が高くなりました。同時に掲示板で議論をするようになって(↑のイタイ思い込みが影響大)、少しずつ考え方を変えた感じですね。

 最後の方まで信じてたのは、やっぱり超古代文明&オーパーツがらみかなぁ(笑)

 私にとっては掲示板での議論が科学教育として働いたのだと思います。
2007年02月26日
12:00
    7:  ワカシム
 自分は、超古代文明・オーパーツだけはそこそこ熱心なビリーバーで(南山宏のオーパーツ三部作にやられた)、他は緩いビリーバーでした。
 UFOというかETHについては、地球外知的生命の存在する可能性と、連中がやってきている可能性が、全く別次元の問題だと気がつくまで漠然と「うちゅうじんさんはいるよな」と思っていたくらい程度が低い認識。

 私は特殊な環境にいて、きっかけがあって物理学に興味持って、なぜか社会復帰していた、そして疑似科学批判という文脈に興味を持ち、健全な懐疑主義のあり方を考えるところまで発展した、というわけのわからない経歴があります。
 http://www.geocities.jp/wakashimu/prof/prof.html
 もう少し詳しい話はこちら。

 まあ、その過程で出合った
 『きわどい科学』マイケル・W. フリードランダー, Michael W. Friedlander, 田中 嘉津夫, 久保田 裕
http://mixi.jp/view_item.pl?id=109694
  が、まず『疑似科学』や『病的科学』という概念に興味を持つ最大のきっかけとなった本で、自分にとってはとても価値のある一冊です。

 「おいおいおい、カルーツァクライン理論とかと扱いが全然違うぞ、、、というかショボイぞ!なんだこれ」
 
 ブロンドローのN線って!?ルイセンコ主義って??

 みたいなインパクトでした。

 つまり疑似科学批判という文脈との出会いです。

 後に、「と学会」の本で、もっとスゴイwのを知りましたが、なんといっても山本氏、皆神氏、志水氏の文章で、デバンキングの面白さと、否定論と懐疑論の立ち位置について知るきっかけになったことも重要です。
 
 あとはもう旧CISCOP的な懐疑論に強い興味があり、
 ガードナー、ハインズ、ギロビッチ、大豆生田氏のサイト、
 The Skeptic's Dictionary、
 と、猛烈な興味を引かれていって、相当深みにはまりました。
 で、いよいよカール・セーガンの「科学と悪霊」に出会い、自分が求める健全な懐疑主義、大衆としての懐疑主義のあり方を考える指針を得ることになりました。

 この分野には相当に入りこみ、気がつけば
 http://www.geocities.jp/wakashimu/index.html
 こんなサイトまで作るほどハマっていた、という次第でした。
2007年02月26日
12:24
    8:  ながぴい
コロラド大学にいた友人のとこに遊びに行ったとき、
Skeptical Inquirerを見せてもらいました。
それで、この世にSkepticsなる人種がいることを初めて知りました。

その後、欧米人は漢方を疑似科学と見なしていることを知り、
漢方の特集の載ったSkeptical Inquirer誌を自分で買ったのが1996年のこと。
(シカゴの漫画本屋においてあった)

日本に帰国後、apjさんとこのゲストブック兼掲示板に出入りするようになりましたとさ。
2007年02月26日
15:25
    9:  虫909
 記憶をたどっていくときっかけはおおきく二つあったように思います。

 小学校のころ、空飛ぶ円盤とか古代文明の謎とかの類が大好きでこの手の本ばっかり読んでました。ナスカの地上絵は宇宙船の空港だった!釈迦もキリストも実は宇宙人だった!とかそんな話でした。
 そんな感じの内容を何の疑いもなく読んでいたのですが、ある記述を読んだときはて?と疑問に思いました。
 そこには古代の立派な遺跡をさして「古代人がこれだけのものを築けるはずがない。これこそが宇宙人が地球を訪れていたことの大きな証拠だ」というようなことが書いてありました。これを読んだときに「それはあまりに昔の人を馬鹿にした考え方ではないか。地球人が単独で文明を築いて今の発展があると考えれば全然不思議なことじゃないし、そもそも、それを言ったら地球人に教えてくれた宇宙人もきっとどこか別の星からきた違う宇宙人から文明を教わったことになっちゃうし、そうなるとどこまでいきつくかわからないじゃないか」という疑問をもったわけです。
 もっともそういう疑問をもったからといってすぐに宇宙人UFO来訪を否定するとこまではいかなかったのですが、自分の頭で考え出すきっかけのひとつにはなったのは確かです。
 
 もうひとつはアトランティス文明について書かれた子供むけの本を読んだことでした。それはなかなか面白い本でアトランティスに関するいろんな説を検証していくのですが、そのどれもが決め手や根拠に欠けることがわかってきます。中にはシュリーマンの孫なる人物がアトランティスに繋がる証拠を発見したという怪しげな(笑)エピソードなんかもあって読み物としてもすごく楽しい本でした。その過程でプレートテクトニクスの仕組みだとか、歴史に関することも勉強できてしまうという今から思うとなかなかよくできた本でした。
 そうしていろいろ検証していくうちにアトランティス伝説は地中海のある島の噴火の話がベースとなっているのではないか?という他の怪しげな説に比べればまともそうな仮説にたどり着くのですが、その本の著者はそのもっともらしい仮説もそのまま信じてしまうのは危険だといいます。
 どんなにそれらしい証拠がそろっていてもそれをうのみにしてはいけない。自分の都合のいいところだけ集めて納得してしまっている可能性はないか、ちゃんと考えないといけない。たしかそんなかんじの結びになっていました。その本は今実家のどこかにあるのであいにく正確な引用ができないのが残念ですが、その後の僕のものの考え方に大きな影響を与えてくれたかもしれないと後から振り返って感じます。

 そんな感じで次第にまともな宇宙の本を読んだり歴史の勉強をするようになって自然と擬似科学モノから卒業していきました。
2007年02月26日
16:26
   10:  猫娘(on TRIGLAV)
はじめまして(に近い)猫娘です。
私はちょっと経路が珍しいかも?と思って書いてみます。
私がこんな子に育ってしまったのはキリスト教のせいです。
幼児洗礼だったので幼稚園に上がる前から教会で、学校でとキリスト教の教育を受けてきました。
大人になってからの講座と違い明日の宗教界を担う(かも知れない)人間を育てるので、相当聖書とか、奇跡とかも疑って掛かるように教育されます。(カルト的信者といわゆる一般の信者の違いは何か、悪魔憑きと精神疾患はどう違うかとか)
教育内容はこんな感じでしょうか。
「神の言葉が聞こえたと思うならまず自分を疑え」
「聖書は伝言ゲームの集大成です(当時の識字率を考えよ)」
「奇跡とは認定当時の全ての可能性を消去して残ったものである」(後日取消せる)
「思考することは人に課せられた権利であり義務であるから、分析せよ、実証せよ、反証せよ」
で、結果的に神の存在すら疑ってしまう事になってしまったわけですが…。
最大のきっかけは異言を語る信者発見の頃かしら。

今でも知らん顔して教会に参加していますが頭の中は教会に如何に結婚式を誘致して改修費を捻出するかでいっぱいです。
ま、聖書には「霊媒するな、占いするな」って書いてあるので大抵の怪しいTV人たちは偽キリスト者ですが、私も相当偽キリスト者ですw(ああ、こんな事書いたの知れたら怒られる)
2007年02月26日
17:08
   11:  毒リンゴ@くぅにゃん
私の場合は、実母が熱心な(笑)ビリーバーなので子供時代は熱心なビリーバー。
中学に入学すると先輩に熱心な前世少女がいて、その熱心さに気持ち悪くなり前世はねーな、と否定方向に。
そして、某ホラー漫画誌で大槻教授が「超常現象は全てプラズマである!」と唱えてるのを読んで「?」となり自分でいろいろ調べたりするようになり、と学会の本を読んだりPC購入をきっかけに擬似科学や陰謀論を検証するサイトの閲覧をしたりするようになって完全に卒業しました。
2007年03月01日
13:31
   12:  duznamak
 きっかけは高校時代に読んだ吉村正和『フリーメイソン』(講談社現代新書)でした。それまでフリーメイソンリーの陰謀を信じていた(同時にユダヤの陰謀も信じてました・・・)のですが、この本に書いてあることは、どうも自分の知っていることと違う。疑問に思っていろいろ調べたり、考えたりしていく過程で目が覚めました。

 で、目が覚めた結果何が起こったかと言うと、とたんに世界がわけの分からない、理解不能なものに変貌した。陰謀論を信じていた頃は、あんなに「よく分かっていた」はずなのに・・・。

 いま、別のトピで陰謀論にしがみついている人がいますが、彼の気持ち、分かるような気がします。
2007年03月02日
16:16
   13:  HAL
きっかけはガードナー氏の「奇妙な論理」を読んだことです。

あとはミルの「自由論」を呼んでからですね。

たとえどんなに間違っていても、なぜ間違いなのか自分で究明する種になるからという話でした。

先輩方、よろしくお願いします。
2007年03月02日
18:48
   14:  トレロカモミロの猫
この手の事象に疑問を抱いたきっかけは、
巷の心霊誌と、実際の欧州で起こった
スピリチュアリズムの違いを目にした事かなぁ。

友人が勧めてくれた「と」学会の本も凄く衝撃的でした。
笑いながら読めたのも良かったですね。
2007年03月02日
20:02
   15:  涼宮
皆に比べるとわたしはシンプルだな。
単純に、擬似科学屋の言っている事が辻褄が合わないから。
例えば、ノストラダムスの大予言は原文を見て
「何処に滅亡って書いてあるんだ?」
占星術は「外れまくってるじゃん」
UFO宇宙人の乗り物説は
「物理法則無視してますね」
陰謀論は「荒唐無稽」

まあ、まったくビリーバーチックな所がなかったわけでもないが
「ここはこう辻褄合わせした方が矛盾が少ない筈だが……後この説はこの箇所をいじった方が……ってわたしでも思いつくレベルの事ばかりだ……」←ここら辺で萎えた(笑)
2007年03月02日
23:20
   16:  HAL.T
小学校2年の時でした。
当時の担任は熱い人でして「教科書に書いてあることはウソもあるんだ。ウソばっかりの時もあるんだ」と、教壇の上から語りました。
「そっかぁ、教科書だけを信じちゃいけないんだ」と思った自分は、短絡的にも「超能力の秘密」とか「UFOの秘密」とか、大人が一笑に付すか目くじら立てる本ばかりを読みふけり、そのうちUFO、超古代文明、その他諸々を真剣に信じるコテコテに。
「良くできた科学が魔法にしか見えない」のなら、それらもきっと我々の科学が発達すれば科学になるのよ、と本気で思っていました。(先生ごめんなさい)
20代半ば、精神世界だの自己啓発だのにはまりかけた。その頃パソコン通信を始める。当然だが掲示板が違えば、同じ主旨の事を書いてもすごく叩かれる。叩かれる一方は悔しいので、必死になってやり返す。今考えると思いっきりイタイ人。
しかし、あちこちの掲示板で「どう考えても辻褄合わない!」持論を展開する「トリさん」達を大量に目撃し「もしかして自分もああなのか(汗)」とやっと思い至った。
そして、(結構)謙虚に考え悩み抜いた挙げ句「自分が信じていた(似非)科学の教科書」にはウソばかりが書いてある、と結論を出した。それでも「教科書」を完全に捨てきるには時間がかかったけど。

先生、確かに教科書にはウソが書いてありました。でも、教科書を捨てて生きていくのは結構きついです。たまに、ウソで固められた世界に戻りたいです。脳天気に未来の科学魔法を信じていた自分に戻りたいです。
…などと思うときは、「トリさん」を見るのでした。
でも、いつかアレに戻っても良いと思う日が来るかもしれないと、今でも怖い。
2007年03月03日
07:27
   17:  雅楽
心霊現象を疑うきっかけは、十代後半の頃、シャッターを押さないとフィルムが送れない、二重撮り出来ないカメラで、偶然二重写しの写真が撮れた時ですね。

なんだ心霊写真なんてこんなものかと思いました。
それに関連して、関西在住ですので、MBSのローカル番組のひとつのコーナー「心霊写真の謎を暴く」で、大概の心霊写真のパターンが解明紹介されたこと。
それまでの、現象を観たまんま、むやみに怖がったり面白がったりするのではなく、何でそうなるのかと考える頭を持つことの大事さが判った気がしました。
この頃のMBSは良かったな(笑)
2007年03月03日
20:09
   18:  ヴィー
一言で言えば、図書館で出会った「トンデモ本の世界」

それまでは、「心霊写真の謎を暴く」を見ても、そういうのはあっても「本物はある」と思ってましたっけ。
二十歳を過ぎてもコンノケンイチ信じてましたよ。

今でも説明の付かない未確認飛行物体を見てるので、何かしらはあるのだろうとは思ってますが。
2007年03月09日
16:44
   19:  ふくろ
若干トピとはズレてるかもしれませんが・・・
小さな頃の(小学生とかそれくらいの)記憶なんですが
友達と「閻魔大王は悪者か善い者か」という話になりまして、
まぁ悪者か善い者かっていうカテゴライズ自体が子供っぽいんですが
友人はみんな閻魔を悪者だって言っていたんですね。
嘘つきの舌を抜いてしまうというイメージが強いからでしょう。
でも僕は、「閻魔がやってることは裁判官と一緒だ。
裁判官は(一般に)偉い人なんだから閻魔だって偉い人なはずだ」
と言いました。賛成してくれる人は誰もいませんでしたが(笑)

今思えば理屈っぽく考える癖は当時からあったようです。
閻魔大王とかそれ自体が嘘じゃないかって突っ込みは無しで(^^;)

後はやはり大学で心理学を学んだことは大きかったですね。
バーナム効果とか認知的不協和とか有意水準とか。。。
それまではやっぱりフロイトとかが心理学だって思ってましたから。
2007年03月09日
17:50
   20:  桜子
心理学部で大学院まで行った知り合いが、
「占ってもらえば?」と進めてくれた時。

その占いで正確な誕生日と誕生時間が必要と言われ
NY生まれなのでNY時間を言ったら、
日本時間でないと占えないと言われた時。
(調べてみたら日本では翌日が誕生日だったことも。)
2007年03月09日
22:37
   21:  UFO教授
>20: 桜子 さん
 その占い師は、ずいぶんいい加減な占い師だったんですね。ちゃんと占星術を行うには、生まれた場所の緯度経度も必要となります。コンピュータを使えば一発だし、占い師は、そうしたことを記述した辞書みたいな天体の運行表を持っているはず。

 いや、私は、信じてはいませんよ。ただ、ロケット工学者の糸川英夫先生の書かれた占いの本に忠実なコンピュータプログラムを作ったことがあるだけで。(今考えれば、著作権法違反だな。)
2007年03月10日
05:28
   22:  きすぎじねん
小学校3年か4年生の頃、電池の記号(縦二本線で、長短にてプラス、マイナスを表す)のプラスとマイナスを逆向きに教えられたとき。
2007年03月10日
05:43
   23:  UFO教授
 そういえば、私自身の事、書いていませんでしたね。
 一発のきっかけ、というのは無いんですが。
 ビリーバーたちが、次々と、都合の良い説明に乗り換えていくのを見たときか。
 その理論は、自分で検証したのか、正しさは、誰が証明したのだ。誰か他人なら、その人の言うことなら、あなたは、命をかけて信じるだけの気持ちがあるのか、と、言われたときか。
 宇宙人の教えてくれた(?)理屈が、何一つ、新しい科学事実を説明していないときに気がついたときか。

 一番衝撃的だったのは、「太陽は、熱い星ではなく、人間と同じような宇宙人が住んでいる」と言われたときだったかな(w

 特に2番目かな。どこの誰かも知らない人の言ったことに、命をかけられるだけの信頼を置く理由は無い。自分で検証したか、十分に信頼できるだけの証拠があり、命をかけられるだけのものであるかどうか、それを、他人に主張できるかどうか、に気がついたときでしょうね。

 (ビリーバーは、きっと、たくさん命を持っているのだと思います。死んでも生まれ変われるし(www )
2007年03月10日
06:09
   24:  いづる和水@水母海月
 皆さん色々ありますなあ……。そんな自分は、疑似科学書として名高い「ゲーム脳の恐怖」との遭遇がきっかけだったりします。
 科学大好きな上に、元ゲーム屋志望としては、「ゲームと科学を同時に馬鹿にしたな、この野郎! ○○てやる!」という怒りは今日まで続いて、最終的には、全ての疑似科学に対する憎悪にまで変質しております(汗)。

 思えばこの著書は、『まず人を疑え、次に文章を疑え、そしてに大衆の主観を疑え、最後は自分を疑え』という鉄則を、自分に教えてくれたのかもしれません。
2007年03月11日
17:57
   25:  K
実は、自分が懐疑論者なのかどうかは自信がない。
まず、懐疑的であろう、とは心掛けてはいません。
本質的な意味でのビリーバーなのかも知れません。
がすぐに、懐疑してしまう事になってますね。
私をうまく騙し続けてくれて幸せにしてくれれば、カルトだろうが疑似科学だろうが本当はなんでもいいんだけど。
今のところ、長続きした信仰はありませんね。
とりあえずスタンスとしては、面白がりスト、とでも言うのかなー。
2007年03月11日
18:27
   26:  QED
義務教育時代、クラスのほぼみんなが信仰していた「MMR」という漫画(どうよんでもギャグマンガなんだが)を信じきれないまま、クラスのみんなが教祖キバヤシの言葉を信じて「ノストラダムス怖ぇ」と言っているのが不思議でいろいろ調べていたら、懐疑論者っぽくなりました
実態はわかりません
決定打はMMRで「ネクロノミコン」を「諸世紀に匹敵する預言書」として扱った回を見たとき「だめじゃーん!」と感じたことだったかな
無論、クラスのみんなには「MMRは物語なんだよー」「フィクションですって書いてあるじゃーん」と言っても誰一人相手にしてくれませんでしたがw
2007年03月11日
19:17
   27:  あおきたいち
もともとは超常現象好きでした。「現在の科学では説明つかないけど、いつか説明付くようになるのではないか」と思っていました。

いろいろきっかけはあるけど、
・「神々の指紋」読んで「なんか説得力ないなあ」と思った。
・大豆生田氏の疑似科学批判のサイトを読んでおもしろかった。
・高専の物理で古典力学を教わっていたある日「ラプラスの悪魔」のようなものを悟って「ああ、一応全部科学で説明つくんだ」と思った。

特に最後のは一番強くて、これに気づいてから幽霊とか全然怖くなくなりました(信じられなくなりました)。
2007年03月11日
20:19
   28:  近衛秀一
 ええと、子供の頃は、それこそ矢追氏の特番を真剣に見ていたと思います。
 きっかけは、中学生の頃に読んだ『トンデモ超常現象99の真相』ですね。しかも、肯定の本だと思い込んで買ったんですが、「前書き」に痺れて、一気に読んでしまったことを覚えています。

 今もそうですが、超常現象を「こういう事件があった」で終わってしまって、検証まで行かないというのは、卑怯というか何というか。それが、本やテレビなどに多くの嘘が混ざっている、と気づいた時だったのかもしれません。
2007年03月12日
11:01
   29:  東條泰
私の場合は極端で、古本屋で志水一夫さんの「UFOの嘘」を
発見したときです。恥ずかしながら、それまでは矢追純一の
木曜スペシャルを60%ぐらいは信じており、周りの理系の
友人たちに吹聴して煙たがられていました。それ以外に
情報がなかったのですから仕方がありませんでした。
志水一夫さんの本に出会ったのは本当に幸運でした。
古本屋というのがアレですけど(笑)。
2007年03月12日
11:31
   30:  UFO教授
 志水さん、良かったですね>×××× (あえてニックネームを伏す)
 本を書いたり、教育をしていたりして、嬉しいなとおもうのは、こういうときですね。
 自分のやってきたことのおかげで、妙な世界に足を踏み入れそうになっていた人が救われたと。
2007年03月13日
04:13
   31:  純魔
あはは・・・ボクは自称懐疑論者の山本さんに対してこそ十二分に懐疑的なんですが・・そういう意味で懐疑論者です。
陰謀論者と懐疑論者なんて表裏一体なんですがね・・・
ウヨクとサヨクみたいなもんですかね・・
2007年03月14日
16:08
   32:  とっぷはむはっと卿
はじめまして。
やっぱりガードナーの「奇妙な論理」には大きな影響をうけました。
あとコナン・ドイルの頑迷な心霊主義と妖精のビリーバーぶりを伝記で読んで笑っちゃったこともあります。
2007年03月16日
17:56
   33:  イブン・ハキーム
UFO教授さん、勢いで失礼なことを申し上げて済みませんでした。子供の頃宇宙人飛来を信じ込んでいた人にも謝罪申し上げます。

私の場合は宇宙人やら超能力は孫悟空やらサンタクロースと同じで小説や民間伝承と同じように子供の頃から信じていませんでした。

そんな私から懐疑論者の皆さんに質問ですが、成人してからも宇宙人とか超能力を本気にしている人が多いのはなぜでしょうか?
2007年03月16日
18:06
   34:  Michael
 ガス室はなかったと思い込んでいる人もいるように、いい年をした大人がまともな根拠もないのにおかしなことを信じてしまうのは珍しいことではありません。
2007年03月16日
19:37
   35:  イブン・ハキーム
ホロコースト否定論をなにもそんなに敵視しなくてもよろしいでしょうに。
2007年03月16日
20:33
   36:  hrgy
最近の居場所です.気がつくと「と」の話題をしている...

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=15685789&comm_id=5102
飯田名誉教授からのメッセージ

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=16218732&comm_id=5102
πの測定などやってない...orz
2007年03月17日
03:18
   37:  thake
私は専門が文系ですし、懐疑論者としてはヌルイのですが。

子供の頃から怖がりでして、「ユウレイ」話が苦手でした。それで、「ユウレイ」がいないことを一生懸命考えているうちに、こんな事に・・・。理論的に可笑しな事は受け入れません。今でも怖がりですから(笑)。

後は、やっぱり大学以後の叩き込まれた習性でしょうか。先人の研究をどれだけ読み込み、そして批判的でいられるか。文系の学問をしてきた人間でも(だからこそ、でしょうか)、このような基本は叩き込まれます。知識が無ければ調べなければ、人を納得させることなど出来ません。例え本職の研究者でなくとも、当たり前だと思っているのですが・・・。

このコミュを見ていると、そうでは無い人達も多いのでしょうかねぇ・・・。論文を書き直しかと思うと、ヘコんでおります。
2007年03月17日
11:24
   38:  Getzen
私自身、自分が懐疑論者であることに懐疑的なので、一概には言えないんですが、高校時代に友人と「世の中に絶対ということは絶対にない」というフレーズの是非について議論した時にはものの考え方が変わって世界が広くなった気がしました。

あとは、もっと以前、小学生の頃、北里柴三郎の伝記を読んだ時からですかねぇ。先輩にあたる研究者の業績を覆すような研究結果を発表したことで「帝大医科の権威」に傷をつけたと言われることの理不尽さに憤慨し、子供心に赤門だけはくぐるまいと思ったものです。その後自分が旧帝大に籍を置くとは思ってもいませんでした。医科ではなかったですし、七帝大の7番目で、しかも中退したんですが。

「懐疑論者になったきっかけ」ではありませんが、「ワンピース」という漫画の「モンブラン・ノーランド」という登場人物(空島編の回想シーン)のセリフにはかなり影響を受けたと思います。
2007年03月17日
12:14
   39:  Shu
私の場合は、父親の躾の影響です。
よく子供は『絶対●●だよ〜』などと、
やたら『絶対』という言葉を使って説得しようとしますよね。

そうしたときに「絶対なんて軽々しくつかうなコラ!」と叱られ続けたもので...。

三つ子の魂百まで。
今でも、我が家では「絶対」という言葉をほとんど使いませんし、誰かに「絶対」という言葉を軽々しく使われると、
「ムッ?絶対だと?」と思ってしまいます。

面倒な人格になりました...
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