山本弘トンデモ資料展
2009年度版9−A


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山本弘のSF秘密基地BLOG
2009年07月24日 15:15

「リトルガールふたたび」






『小説現代』8月号に僕の短篇が載った。「百年後の世界」というテーマで注文を受け、執筆したもの。

 タイトルは「リトルガールふたたび」

 古いSFファンならご存知だろうが、ブライアン・W・オールディスの「リトル・ボーイ再び」へのオマージュである。
「リトル・ボーイ再び」は1966年の作品。21世紀、原子力時代到来100周年を記念して、ショービジネス会社が広島にもう一度原爆を落とすというイベントを企画、日本人の反対を押し切って実行される……というコメディだ。
 日本では『SFマガジン』1970年2月号に掲載され、日本人読者の総スカンをくらった。広島と長崎の悲劇をギャグのネタにするとは何事か……と。当時、豊田有恒氏が激怒して、仕返しにプリンス・オブ・ウェールズをもういっぺん沈めるという「プリンス・オブ・ウェールズ再び」という作品を書いたりした。
 しかし僕は、「リトル・ボーイ再び」は書き方が不注意だっただけで、コンセプト自体は間違っていなかったと思うのだ。

「百年後の世界」というテーマをもらった時に最初に考えたのは、テクノロジーの進歩とか世界情勢の変化とかを題材にしても面白くない、ということだ。最も大きく変化するのは、人間の考え方だ。
 たとえば40年前の1969年頃、安保闘争なんてもんがあった。日本各地で学生がヘルメットをかぶりゲバ棒を持って、機動隊と乱闘を演じていた。今の若い連中には、日本にそんな時代があったなんて想像できないのではないか。「何でそんなもののために体を張って戦ってたの? バカじゃねーの?」と。
(僕自身、その頃はまだ子供だったのだが、なぜ上の世代がそんなことをやってるのか、さっぱり理解できなかった)
 あるいは60年代の映画やテレビドラマを見ると、登場人物がやたらにタバコを吸っているのが気になる。『怪奇大作戦』なんて、今見るとけっこうすごい煙の量で、ちょっと異様な感じがする。また彼らは「気ちがい」「めくら」といった言葉を平然と口にする。「セクハラ」や「ストーカー」という概念を知らない。
 実は僕らが今抱いている反戦、反核の思想でさえ、戦後ずっと続いてきたものではない。1960年代前半には、テレビでもマンガでも、旧日本軍兵士をヒーローにした作品がたくさんあった(小松左京原作の『宇宙人ピピ』の中に、当時の戦争ものブームを皮肉るエピソードがあったぐらいだ)。当時、原子力はまだ夢の新エネルギーだった。やはりテレビやマンガのSF作品の中では、原子力や核兵器が実に安直に使用されていた(バルタン星人に対して、市街地で核ミサイルが使用されたことを思い出してほしい)。今の作品では考えられないことである。
 日本人の核に対するタブーは、終戦直後はあまり強くなく、むしろ60年代以降に強くなったのだと思う。

 当然、逆もまた真だろう。40年前の日本人が今の日本を見たら、異様に思えるのではないか。社会情勢の変化、テクノロジーの進歩にも驚くだろうが、人々の考え方や常識があまりにも変化していることにとまどうのではないか。
 同様に、40年後の日本人の考え方や常識は、今の僕らからは想像もつかないような、おかしなものになっているはずなのだ。

 人間の考え方は時代によって変わる。今は非常識なことでも、数十年すれば当たり前になる。僕らから見ればそれは異常だが、その時代の人間にとっては常識なのだ。
 オールディスはそれを描こうとした。核に対する意識でさえ絶対不変なものではなく、21世紀になったらガラリと変わっているかもしれない、と考えたのだ。
 惜しむらくは彼に、日本人の側の視点が欠如していたことである。それで日本人を怒らせた。

「リトルガールふたたび」は、数十年後の日本が、とてつもなくバカな経緯で核武装するようになるという話。 変にリアリティがあると問題になりそうだから、逆に「そんなこと絶対あるわけがない!」と思えるシチュエーションを想定した。
 題材が題材だけに、各方面を怒らせないよう、ものすごく気をつかって書いた。その気になればギャグはいくらでも暴走させられたんだけど、「ここから先を書いたらまずい」と自粛した箇所がいくつもある。
 もしかしたら編集部に書き直しを要求されるかも……と予想していたのだが、ゲラを見てみると、ストーリーやテーマについては完全にスルーで、ちょっと拍子抜け。ただ、文章について「こうした方がいい」という細かい修正意見がいっぱい付いていて、これは大変にありがたかった。さすが歴史ある小説誌だと感心。

 ただ、雑誌に載ったものをあらためて読み返してみると……うーん、自分で思ってたほど面白くないな(^^;)。5段階評価で3ぐらいか。



【蛇足】
 ここから先は本当に蛇足である。賢明な読者なら自明のことだろうから、こんな説明なんぞ必要はないと思う。しかし中には、作中で書かれていることを僕が本気で信じていると誤解して文句をつけてくる人がいるかもしれないので、先回りして解説しておくことにする。

・この作品中で語られていることはすべて、独裁国家のプロパガンダである。
・教師が語っている歴史は、真実ではない。資料の断片を組み合わせ、事実を大幅に曲解して、国家にとって都合のいい歴史観を捏造している。
・教師が陰謀論を批判したり、「低IQ化スパイラル」の害を説いているのは、自分たちが教えられているのが真実の歴史だと子供たちに思わせるためのテクニックである。
・ブライアンW症候群なるものは(現実でも作中でも)存在しない。
・最後に登場する「閣下」について。当然、僕は別の姓を考えていたのだが、それではあまりにも元ネタが露骨すぎるので変更した。単なる作者のいたずらなので、深い意味はないし、理解できなくても支障はない。由来に気がついた人だけ笑っていただきたい。
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